『どこに向かっているのか? その(12)』で、次のように書いた。

 

既に海外では

「小児性愛者にも、同性愛者と同等の権利を付与せよ」

と提唱しているキチガイが出現している。

 

しかも、少し調べたところでは

昨日今日、突然言い始めたことではないらしい。

 

ということは、日本で「過激な性教育」に熱を挙げている連中は

このような運動から影響を受けているのだろうか?

 

2011年の古い記事だが

“Pedophiles want same rights as homosexuals”

(小児性愛者に同性愛者と同等の権利を)

という記事を紹介したい。

 

=======引用開始========

 

「同性愛者権利向上活動家」と同じ戦略を使って

小児性愛者が、「我々の『子供に対する性欲』は

同性愛者や異性愛者の性欲と何ら異なるものではない」と主張し

同性愛者と同等の権利を要求し始めた。

 

「同性愛者の権利向上運動」が盛んだった頃には

『同性愛も生活様式の一つの選択肢』

あるいは、『単なる性的指向』と一旦認めてしまうと

際限なく新たな要求が出現することになる」

と以前から批判があった。

 

この批判に対して、同性愛者権利向上活動家は

「そのような事態に陥ることは決して無い」

と不快感を顕わにして、何の根拠も示さず反論していた。

 

しかし、今まさに、この「予言」が的中した状況が訪れている。

 

数年前に「同性愛の再定義」が行なわれた時と同じように

精神科医が今度は「小児性愛の再定義」を主張し始めている。

 

1973年、米国精神医学学会 (APA) は

同性愛に対する「精神疾患指定」を解除した。

そして、近年になって

B4U-Act (「小児性愛者」を支援する精神科医の団体) に所属する精神科医は

APAの『精神疾患の診断と分類に関する手引き』に記載されている

「小児性愛」に関して新たな定義を提案するシンポジウムを開催した。

 

B4Uでは、「小児性愛者 (Pedophile)」

「未成年愛好者 (Minor-Attracted People、MAP)」と言い換えている。

「世間一般に受け入れられ易くしよう」という意図が見え見えだ。

 

同団体のウェブサイトによると

「当会の目的は

精神科医が、『未成年者に対する性欲』に関して理解を深め

『未成年愛好者』に対する固定観念化を排除することにより

『社会不適格者』という烙印を貼ることを無くし

世間にはびこる『未成年愛好者』に対する偏見を取り除くこと」

 

1998年にAPAが公表した報告書では

「成人と子供の性行為による『悪影響』に関する記述には『誇張』があり

男女問わず、幼児期に性的虐待の経験のある被害者の大多数が

『幼児期の性行為による悪影響は無い』、と回答している」、とのことだ。

 

「小児性愛者」は、既に連邦法において

「同性愛者」と同等の「少数者」として保護対象とされている。

「憎悪犯罪防止法 (Hate Crimes Prevention Act)」 でも

「保護対象に該当する性的指向の一つ」に加えられている。

ただし、「小児性愛者」の定義は未だに定まっていない。

 

共和党は、「『小児性愛者』を保護対象から除外する」と定めた修正案を提出したが

民主党の反対で廃案になってしまった。

 

ある民主党議員は

あらゆる『性的指向』が法の下に保護されるべきだ。

この法案 (注: おそらく『憎悪犯罪防止法』のこと) により

偏見に基づく暴力に終止符を打てる。

また、人種、肌の色、宗教、国籍、性別、性的指向、障碍などに加えて

『病的愛好者』、『フェチ』、『○○主義』など偏見の対象を周知することで

全ての米国国民が安心して暮らせるようになる。

だから、同僚議員には、賛成票を投じてもらいたい」、と述べている。

 

ホワイトハウスは、法案について

「これは単なる米国一国の法律ではない。

人類に貢献する法律だ。

この法律の主旨は、敵意を顕わにするのではなく

互いに尊重し合い、多様性を受け入れることだ」、と手放しで称賛している。

 

また、2011年初頭、2人のカナダ人心理学者が

「小児性愛は、同性愛、異性愛と全く同等の性的指向である」

との意見を発表した。

 

そのうちの1人は

「『小児性愛者』に対する

『軽犯罪に手を染める人々』という単純な認識は間違っている。

同性愛、異性愛など、誰でもが性的指向を持っているように

自分自身の性的指向を実践しているだけだ。

『真性の小児性愛者』は、とりわけ子供を性欲の対象とする傾向にある。

これは、他の性的指向と同じものだ。

この性的指向を矯正することはできない。

しかし、このような人は、禁欲生活を送っているのだろう」、と言っている。

 

この心理学者に対して

『小児性愛者は同性愛者と同等である』と見做すべきなのか?」

との質問をぶつけたら、次のような回答が返ってきた。

 

「仮に『異性愛』が禁止されている共同体があるとする。

この共同体に居住する場合、『診療を受けて、性的指向を矯正せよ』

との指示を受けることになる。

それに対して『異性愛者』は、『馬鹿げている!!!』、と反応するだろう。

つまり、そんな指示を『異性愛者』が受け入れる筈がない、ということだ。

『小児性愛者』も同じだ。

私は、『小児性愛者の性的指向を矯正することはできない』、と主張する時

必ず、この比喩を使う」

 

もう一人のカナダ人心理学者も異口同音に

「『小児性愛者』の性欲の対象は子供だ。

その性的指向を、『医療やその他の方法で矯正することができる』

とは証明されていない」、と言う。

 

2010年7月、ハーバード医学出版は次のように述べている。

「『小児性愛』は性的指向であり、矯正できる可能性はない。

治療するにしても、その目的は、『性欲に抗うことの訓練』にしかならない」

 

上述のような意見に対して、Mission America (MA) という団体は

『小児性愛者に同性愛者と同等の権利を』と奨励する運動は

より大きな広がりを見せており、LGBT団体が運動を後押ししている。

これは、『子供達が幼時期から性行為に耽ることを助長する計画』

の一環である。

子供達に対して

『健全な友達関係というのは性的に引かれ合い

性行為をすることなんだよ』

と唆そうとしているに他ならない」、と喝破する。

 

「性行為と社会」について研究している学者は

「児童ポルノは社会にとって有益な側面もあるかもしれない。

なぜならば、性犯罪者予備軍は、本物の児童と性行為に及ぶ代替品として

児童ポルノを利用できるからだ」、と言う。

 

この教授は、サンフランシスコの「性癖研究所」で多大な業績を残している。

この性癖研究所では

アメリカ独立戦争以来の伝統である

「戦場において軍人同士の同性愛を禁ずる」

という規則の撤廃を積極的に推奨している。

 

性癖研究所の公式ウェブサイトには、「基本的性交権」という項目があり

「合意の無い性行為、暴力や強制による性行為などを除き

あらゆる性行為を行なう権利を認める」、と記載されている。

 

その他にも

「いかなる私的な性行為も、批判の対象としてはならず

個人は『性的妄想を抱く自由』、『性欲を発散する自由』を有する」

と定めている。

 

更には、これらに加えて

「何人たりとも、年齢を理由として性行為に関する不利益を被ってはならない」

と主張している。

 

カリフォルニア、ジョージア、アイオワなどいくつかの州では

「子供を性犯罪者から保護する法律」に対して、異議が申し立てられた。

性犯罪者の主張によれば

「学校や公園に隣接する地域に居住することを禁じる法律は

公正性を欠くものであり

終身刑を言い渡されるようなものだ」、なのだそうだ。

 

=======引用終了========

 

俺は、医学的知識ゼロだから、精神科医 (香山リカを除く) から

「小児性愛者を矯正する方法は無い」、と言われれば

「ああ、そうですか」、としか言えない。

 

でも、「小児性愛者に同性愛者と同等の権利を付与すること」には

嫌悪感を催す。

 

例えば、自分の子供が、『小児性愛者の慰み者』にされたら

記事の中に出てくる

『子供達が幼い時期から性行為に耽ることを助長する計画』を立てている連中は

「それも、正当な性行為だ」と受け入れることができるのか?

“Professional Victimhood is America’s Fastest Growing Business!”

「米国の急成長産業は、『被害者ビジネス』

という記事を見つけた。

(注: 原文では “Professional Victimhood” (プロ被害者)

“Victimhood Business” (被害者ビジネス)

という用語が併用されている)

 

米国も一部のメディアを除けば、日本と同様に

マスコミをリベラルに乗っ取られている状況らしい。

 

『どこに向かっているのか? その(5)』で予告した通り

結構面白いので、以下に紹介したい。

 

ただし、記事を逐語訳すると訳が分からなくなるので

日本人には理解しにくい例え話は省略し

段落の順番も入れ替えて

俺のオリジナルの文章も付け加えてある。

だから、原文と比較しても、どこをどのように訳したのか分からないと思うが

その点については、ご容赦願いたい。

 

それから、文中に出てくる「俺」というのは

引用記事の執筆者のことね。

 

そして、長くてスミマセン m(__)m

 

===============================

 

2016年!!!

 

なんて目出度い年なんだ!!!

 

だって、「被害者ビジネス」が最も有力な急成長産業になったんだぜ!!!

 

今更、「ITベンチャー企業を起ち上げる」なんて言ったら

「プロ被害者」から「バ~カ」って言われんぞ!!!

 

まず、「脇毛を生やすことに妙な拘りを持つ第三世代のフェミニスト」

奴らが、どうやって「被害者ビジネス」で影響力を持つようになったのか。

 

まぁ、皆、知っていることだろうけれど

フェミニストは、自分自身を「永遠の被害者」に仕立て上げるんだ。

 

では、どうやって?

 

今では都市伝説と化している「男女間給与格差」を訴え続ければ

女は誰だって、「永遠の被害者」になれる。

「男女間給与格差」の話になると、騒々しいパーティが始まる。

 

反証を挙げたとしても、御構い無し。

 

「『男女間給与格差』は現実に存在する」

言い張るだけでオッケー!!!

 

「男女間給与格差など無い」というデータを突き付けて

「ほら、『男女間給与格差』なんて無いじゃないか」

と言ってみな。

 

「そんなもん、どうでもいいわ」

で終了 (__)/'チ~ン

 

フェミニストにとっては

「男女間給与格差」が是が非でも「現実」であってくれないと困るんだ。

 

なんといっても、「男女間給与格差」は奴らの貴重な収入源。

 

「オトコども」に文句を言って

「給与を上げてもらう根拠」が無くなっちまうからな。

 

2番目は、「性差別」

 

ここで注意しなければいけない点は

フェミニストが言う「性差別」と、一般的な「性差別」別物ってこと。

 

「性差別」、「人種差別」、「偏見」は、実際に存在する。

 

でもね、フェミニストが言う「性差別」っていうのは

「男を誹謗中傷するための馬鹿げた手段」に過ぎないんだ。

 

例えば、男は股間に「小枝」と「ベリーの実」が付いているから

電車に乗る時、少しだけ股を広げないと座れない。

(注: この例え話は、日本人でも理解できるよね)

 

このことを槍玉に挙げて

「男が電車の中で場所を取り過ぎるから、女が座れない」

ブーを垂れる馬鹿女がこの世には実在するんだぜ。

 

たまに、大股を開いて迷惑を掛けている馬鹿男もいることは認めるけどさ。

 

仮に君が少しだけ股を開いて電車の座席に座っている時に

馬鹿な女に「場所を取り過ぎよ」、と文句を言われたとしよう。

 

すると、君は「自分は性差別主義者かも」って不安を感じるか?

 

そんなもん、「性差別」でもなんでもなくて

単なる「男女の違い」に過ぎないって普通は分かるよね。

 

最近、”LGBTQAAIP (Silent F)” 運動という集会が催されたんだけど

「プロ被害者様」を崇拝する「カルト信者」の人数は着実に増えているな。

 

本来は、”LGBT” だった筈。

もっと遡れば 単に ”LGB” だった時期もある。

 

しかし、現在

カルト教団 「レインボウ・クラブ」には

「一攫千金」という不純な動機を持った入信希望者が殺到している。

(注: 虹 (レインボウ) は、”LGBTQ” の象徴)

 

「レズビアン」「ゲイ」だけでは

「被害者ビジネス」として完全に行き詰ってしまったんだな。

 

「新規カルト信者 (無性別者、性別不確定者)」

一獲千金を夢見て嬉々として新たな「プロ被害者」になり

「被害者ビジネス」という「カルト運動」に身を投じる。

 

一方、活動家の方も、新規参入者を引き摺り込む必要性が生じたって訳だ。

 

要するに、イカレタ「性別」をでっち上げて、お零れにあずかろうって奴らと

活動家側の利害が一致したってことだな。

 

“LGBTQAAIP (Silent F)” 運動の中でも

とりわけ声のデカい (最も過激な主張をする) メンバーの好物

「ケーキ」

 

特に、「”LGBTQAAIP (Silent F)” 運動に賛同しないケーキ屋が焼いたケーキ」

 

自分達に同調しないケーキ屋に、せっせと小麦粉をこねさせて

「奴隷のように酷使してやるぜ」って喜んでるキチガイだ。

 

でもな、ケーキ屋がケーキの提供を拒否したら、どうなると思う?

 

「性差別だぁぁぁ!!! 訴えてやるぅぅぅ!!!」、と喚き始め

告訴して、巨額の賠償金をせしめるって算段だ。

 

最も有名なのは、

「レズビアンの結婚式にウェディングケーキを提供することを拒絶した

オレゴン州のケーキ屋夫妻が、それを理由に訴えられた」という事件だ。

 

これは、断じて「極右主義」に拠る「差別」ではない。

 

ケーキ屋夫妻は

ただ単に関わり合いになりたくなかっただけなんだよ。

 

彼らは、敬虔なキリスト教徒

同性婚には反対の立場

そりゃ、「関わりたくない」って思うだろうよ。

「同性婚に反対する自由」だってあるだろ?

 

この事件の本質は

「アバズレどもに、『被害者ビジネス』の給与が支給された」ってこと。

 

奴らは、延々と泣き喚き、歯ぎしりをして怒りを顕わにし

13万5千ドルの賠償金を捥ぎ取ることに成功した。

(注: 引用元記事の記載は「10万ドル」)

 

次は、俺の大好物

「人種攻撃」が生き甲斐のハッシュタグ野郎ども

「ブラック・ライブズ・マター」

(Black Lives Matter、以下、BLM)

 

BLMも基本的には、同じ戦略だけど

奴らの金のなる木は、「性差別」ではなく、「人種差別」

 

中には、白人のクセに黒人のフリをしている

「ショーン・キング」、「レイチェル・ドレザル」

っていうトンデモ野郎まで混じっている。

 

ショーン・キング  ← その証拠を見たければ、このリンクをクリック。

それから、英語版ウィキには「ショーン・キングの両親は共に白人」って書いてあるよ。

 

こいつらは、「貧しくて虐待された黒人」という

「被害者」の立場を悪用しているんだ。

 

黒人の立場を利用すれば、奨学金を受けることができ

稼ぎのいい仕事にありつけるってことを分かった上での行動だ。

 

この通り、「被害者ビジネス」は、急成長している。

 

それに対抗するため

俺たちは「『感受性』に関する委員会」を立ち上げたんだ。

 

そこで

『可哀想な被害者』が、本当は『被害者』ではない」

ということを証明していく。

 

「泣き喚くこと (被害者ビジネス)」 は、「ベンチャー企業」との機会均等に反する。

 

つまり、事業を始めるには、リスクを取らなければならない。

しかし、「被害者ビジネス」を標榜する連中は

自分達でリスクを取ろうとは決してしない。

 

「被害者ビジネス」に関わりたければ、自分の属性を考慮して

上述したような特定の「プロ被害者集団」に入信すればいいだけだ。

 

活動家: 「あなたは、『生物学上の性別』と『自己意識上の性別』とが

一致している白人男性ですか?」

 

一般人: 「いいえ」

 

活動家: 「では、あなたのような『無性別者』

あなたと同類の ”LGBTQ” の団体に入信して

日がな一日、『被害者だ!!! 差別だ!!!』、と喚き散らすことに協力すれば

分け前に与かれるでしょう」

 

このようにして、今日も新たな「プロ被害者」が生産され

活動家の「被害者ビジネス」の一翼を担うようになる。

まず、前回紹介したジュリア・セラーノ女史

ポリティカルコレクトネス反対論者 (以下、PC) に対する批判を再掲しておく。

 

=======引用開始========

 

現状維持を望む人々は、『PC』という言葉自体を

『侮蔑語』と認識している。

PC反対論者は、『言葉狩りだ』、『検閲だ』と勝手に騒いで

勝手に怯えているだけだ。

『適切な言葉』、『不適切な言葉』などというものは

時代の流れと共に常に変化し続ける。

我々は、その過渡期の中にいるだけだ

 

=======引用終了========

 

全面的に賛成はできないが、確かにPCには

「『適切な言葉』、『不適切な言葉』などというものは

時代の流れと共に常に変化し続ける」

という側面も多分にあると思う。

 

更に、「PC反対論者が怯えている」

という意見は的を得ている。

 

俺も、自分自身の「PCに対する嫌悪感」

「怯え」であるという自覚がある。

 

しかし、理由も無く、「勝手に怯えている」

訳では無い。

 

PCを声高に叫ぶ人々は、「差別」という言葉を武器にして

「異論を絶対に許さない」という態度で攻撃してくる。

 

「このような風潮が蔓延し

人々が自由にものを言えなくなるような世の中が

到来するのではないだろうか?」

という不安感に起因する「怯え」だと思う。

 

少し長くなるが、以下にセラーノ女史の意見を紹介したい。

 

PCに対して反感を抱いている人も

共感できる部分が多いと思う。

 

=============セラーノ女史の意見 開始=============

 

「PC」を批判する記事を読んでいて

PC反対論者が何に腹を立てているのか分かった。

 

賛成論と反対論が完全に対立しており

特に賛成論者の「攻撃性」「排他性」が強いために

議論が成立せず

落としどころが見つからないことだ。

 

私は性同一性障碍活動家だから

典型的な「PC賛成論者」のように見られることが多い。

 

しかし、過去に何度も

「『言葉狩り』が限度を超えると

社会が不安定化する」

という内容の論文を書いてきた。

 

「属性政治 (Identity Politics) (注1) の不当性」とか

「一方的に『差別主義者』『侮辱的』というレッテルを貼って

特定の言葉を排除することの危険性」

については歴史的経緯を踏まえた形式の論文を書いた。

 

また、SNSなどで顕著にみられる現象だが

「群集心理」を批判しているPC反対論者の論文には

賛成できる点が多い。

 

このような「群集心理に基づいた特定個人に対する攻撃」

単なる「虐待」「名誉棄損」でしかない。

 

性同一性障碍活動家である私も

何度も誹謗中傷された経験があるが

この「群集心理」については

PC反対論者の人達とも冷静に議論していきたいと思っている。

 

ただし、現状を維持したい人々 (注2)

「PC」を自分達の都合のいいように曲解して

問題の枠組みを独自に作り

その枠に収まるように主張している。

 

つまり、歴史的に社会の表舞台から疎外されてきた人々のことは

無関係であるかのような主張になってしまっているのだ。

 

=============セラーノ女史の意見 終了=============

 

注1: 「属性政治 (Identity Politics)」

性別、人種、性的指向、障碍など特定の属性を持つ人々の集団による政治活動。

典型例としては「反差別」などを訴えるもの。

最近の例でいうと

「お前はオバマに投票しないのか。ならば、お前は人種差別主義者だな」

「お前はクリントンに投票しないのか。ならば、お前は女性差別主義者だな」

と勝手にレッテルを貼って、異論を封じる政治活動

 

注2: 「現状を維持したい人々」

「言葉狩りに対して反発する人々」ではなく

「時代の流れによる言葉の変化を受け入れない人々」のこと。

 

話の分かるリベラル発見 その(1)