はい徒歩移動で次なる目的地へ

お次は犀ヶ崖(さいががけ)戦場跡へ

三方原の戦いで武田軍に惨敗した徳川軍。(劇中のあの焼き味噌事件です)
その後夜中に奇襲をかけて武田軍を崖下に突き落としたのが犀ヶ崖。この時徳川軍は崖に白い布を渡し、橋がかかっているように武田軍を欺いたとか(諸説有り)

写真では分かりづらいですが、結構な深さです。(当時は幅は50m、深さも40mあったとか。)※資料館パンフより
当時より地形は浅いもののここから人馬もろとも落ちたらヒトタマリもないっす。(;・∀・)

さてさて資料館へ。
静岡県出身のジオラマ作家の作で色塗りは地本の小学生がやったそうです。

これは関ヶ原の戦いのようす。


上:三方原出陣の 家康。
下:武田軍に終われる家康。(因みに一番先頭を走ってるのが家康。)



上と下で甲冑が代わってるのが分かりますか?
そう部下の甲冑を着けて逃げている。影武者がいるんです!その影武者が夏目吉信。

この夏目吉信、実はかの文豪
夏目漱石のご先祖様!
この夏目の子孫が生き残ってなかったら、夏目漱石は存在してなかったし、「こころ」も「我輩は猫である」も世に出なかったでしょう。
影武者の家系が生き残り、その子孫が文豪になるとは徳川300年の歴史は伊達じゃない‼何かこれだけでも小説や時代劇の脚本に十分使えそうじゃないですか⁉

同じ敷地内に本多忠真(本多忠勝先輩の叔父上)を祀った婢がありました。三方原の戦いで家康を守り散った武将です。忠勝先輩、直虎劇中で武田軍の重臣、山縣を討ち取った場面がありましたが、叔父上の仇もあり悲願だったのでしょう。(´;ω;`)
しかし忠勝先輩の9尺の槍を持ってしても倒せなかった武田軍恐るべし‼



後は資料館のガイドの方から面白いエピソードもいくつか。
実はこの犀が崖の戦いの後、武田軍の亡霊が浜松に災いをもたらしたそうな。家康は武田軍の亡霊の怒りを鎮めるために始めたのが「遠州大念仏」


毎年7月の中頃に犀が崖で踊り念仏が行われるそうです。踊り念仏で使う楽器も展示されてました。

双盤(そうばん)という楽器。ふたりがかりで担いで演奏するそうです。試奏可との事で叩かせていただきました。(録音してない💦)
銅鑼みたいに派手な音が鳴るかと思ったら、余韻が長く包み込むような優しい音でした(お寺の鐘の音をマイルドにした感じ)

地名に関する面白い話もありました。三方原の戦いで敗走中にあまりにもお腹がすきすぎた家康。立ち寄った饅頭屋で腹ごしらえをしていると、後ろから武田軍が!
家康代金も払わず逃走。饅頭屋のおばあさんと武田軍に追われて散々な目に。饅頭屋のおばあさんに代金を支払った場所に「銭取」という名前がついたそうです。(市内のバス亭に銭取という名前があった)
うーむ阿部家康なら絶対にコミカルに演じたに違いない!でも天下人であっても食い逃げダメ絶体!(笑)



ガイドの方、「浜松の人は歴史に興味ないのよ~」と言ってましたが、浜松歴史の宝庫で創作ネタに事欠きません‼もっと推しても良いぐらいです(^^)d


歴史の裏話を沢山聞けた所でお次は瀬名様のお墓参りへ。(続く)
年末年始働き平日に休みが3日続き、大河ドラマ館が14日で閉館と聞いた私は「行くしかない、いざ!」と思い立ち、急ぎ浜松へ。



大河ドラマ「おんな城主直虎」への好きをこじれに拗れさせた私は生まれて初めて聖地巡礼の旅に出ました(笑)。以下備忘録のようなものです。


①浜松城

家康が20代~40代の青年期に過ごしていたとされる城。家康だけ出なく歴代城主で出世した者が多いことから「出世城」の名前を持つ。


登る前に一枚。ここから高ぶりました‼
待っておれ~家康with徳川家臣団✨
お城への道は桜の木が植えてありました。桜並木の浜松城さぞや綺麗だろうなあ


ドーン‼と石垣‼もう朝一でテンションMAX(笑)


大きい石の下や奥の方に小さい小石が噛み合わされてて、重機も接着剤もない時代にどのように建てたのか知的好奇心が泉の如く沸き上がりました。この石の積み方、野面積み(のづら)というそうです。


後この石は舘山寺(かんざんじ)温泉という所から浜名湖を迂回して浜松城にきたそうです。
当時は海路の方が安全にスムーズに運べたとか。(ガイドさんより)
そう言えば直虎劇中でも材木を船で運んでましたよね。当時の産業とか知る事で、1000年も前の時代の人たちの息づかいも知る事ができました。

そして、場内へ。家康with徳川家臣団ズも通った道でしょうか。


場内は徳川家ゆかりの品や武田軍との戦の年表が展示されてました。ガイドさんの「井伊家の家紋は井戸の井で~直政の家紋は花橘で~」と説明に興奮する直虎脳。
榊原康政先輩と本多忠勝先輩の家紋もありました‼酒井忠次の太鼓と家紋も!!

そして天守閣へ。ここ一帯城だというから驚き👀‼正に天下人が見る景色✨

後は城門の中を見学。


「これでも食らえ‼」とばかりに石やら火矢やら投げ込んだのでしょうか。
浜松城の再現作業のVTRも流れてて当時と同じぐ機械を使わず木材を組み立てて作ったり、地本の高校生も城で使う木材をかんなで削ったり、町をあげて浜松城を再現したんだなあと良くわかりました。
城から下る時に「今歩いてる所も城だったんだよな」と思ったり、家康や家臣団ズもこの道を通ったのかなと考えたり。もうこの世にはいないけど、家康with家臣団ズと同じ空気共有できた気分です(笑)



で個人的に面白い事が一つ。


直政の赤備え甲冑(子供用に作ったレプリカ)
がありました。甲冑の赤色は辰砂(しんしゃ)という鉱物から出る色だとか。(大変貴重で高価な石と有り。)


でこの辰砂、別名が







賢者の石❗


直政、不死身?ホムンクルス?
いや
最強の赤鬼‼

直虎最終話で一番槍で敵陣に突っ込んでいく直政が目に浮かびますw


家康ゆかりの地まだまだあります。面白いネタがいくつもあって長くなりそうなので、次に続きます。



堺雅人さんと高畑充希さん主演の映画DESTINY「鎌倉ものがたり」を見に行きました。


あらすじ
小説家一色正和(堺雅人)と年の離れた若い妻亜希子(高畑充希)は人間と幽霊と魔物が共存する古都鎌倉で新婚生活を送っていた。ある日とある事件がきっかけで亜紀子の魂が黄泉の国へ連れ去れてしまう。正和は亜希子の魂を取り戻すべく黄泉の国へ旅立つ。




ここからネタバレありの感想です。未見の方は自己責任の元読み進めて下さい。






まずこの作品で素敵だなと思ったのが、「現実にいるのかいないのかの狭間の芝居」をする演者のみなさん。


妻役の高畑充希さんや正和の近所に住む瀬戸優子夫人(吉行和子さん)のタンポポの綿毛のような浮遊感のある雰囲気。「可愛いなあ、癒されるなあ」と視聴者に安心感を与えるも優子夫人が実は幽霊だと言う下りで(あぁこの人は彼岸の人何だ)とちょっぴり寂しさや不安感を覚える。演者の雰囲気と非現実的な世界観が相まってそのアンバランスさが私を作品世界に引き込ませた。高畑充希さんも冒頭から「綿毛のようにどこか遠くに行ってしまうんじゃないか」とそんな雰囲気を醸し出している。
物語後半、亜希子は魂だけの存在になってしまう。「見た目は普通の人、けどもうこの世の人ではない人」を見事に体現していた。


そして亜希子を黄泉の国へ見送らなければいけない正和(堺雅人)の芝居が心を打つ。
自分の膝を叩きながら泣き崩れる場面だ。
亜希子といたい、でもそれはどうあがいても叶わない。追いかけて後を追おう、しかし亜希子の「生きていて欲しい」という気もちを無駄にしてしまう。心とは裏腹に動かない体。
死の非情さ、理不尽さ、そして己の無力さその全てがあの動きに集約されていたと思った。言葉なくして心情を表現する。素晴らしい役者さんだと思った。

そして、作品中、一色夫妻の他に様々な夫婦が出てくる。
夫よりも先に旅立ってしまったけど黄泉の国で夫と再開する妻。長年連れ添い強い絆で結ばれたはずなのに妻を殺してしまった夫。夫に先立たれ新しい相手といる妻。それをやるせなく見守る元夫。(半魔物で転生した)
切っても切れない縁なのにふとした時に切れてしまう。
しかし、また結ばれたりほどけたり夫と妻を繋ぐ縁の糸の結び方や太さは千差万別。
生と死をモチーフに一筋縄では行かない夫婦の縁を丁寧に描いた作品だと思った。


結構しんみりした文になってしまったが勿論楽しめる所も大いにある。
正和が味噌汁に入っていた毒キノコ(魂が抜ける効能あり)を食べ魂が抜けるシーン。
堺さん自身味噌汁にとんでもない具(たこ焼きやバナナ等)を入れるというのをトーク番組で見たため、現実世界と話が繋がっている事に爆笑、さらにカッと開いた口から魂が抜け出しそうになる演技に大爆笑。

あと金髪死神役の安藤サクラさんがとてもカッコいいしムロツヨシまた出てるのか‼とツッコミたくなります(笑)


堺さんの魔物との対決シーンあっぱれと思ったけどVFXだからなにもない所に向かって竹刀を向けていたと考えると正和と同じ、堺さんも想像力を駆使して戦っている事を痛感しました。
(黄泉の国は見る人によって姿を変える。正和も想像力を使い亜希子を狙う魔物と戦った)


超個人的に劇中で流れていた音楽がとてもド壺だったので、サントラを購入しようと思います。

堺さんファンにはたまらない映画ですね~