私の英語講座にも高齢者の方が多くの割合を占めている私の囲碁講座にも高齢者の方が多くの割合を占めている
年齢を重ねると、どうしても体のあちこちに変化が出てきます。
特に首まわりや顔の筋肉の衰えは、服では隠せないため気になる人も多いでしょう。
実は、この“首や喉、表情筋の弱まり”という現象が、定年後に英語を始める人にとっては相性が抜群に良いのです。
なぜかというと、英語の発音には、日本語ではほとんど使わない筋肉がたくさん使われるからです。
普段の生活ではほぼ休眠状態になりがちな筋肉たちが、英語を発音することでしっかり刺激され、まるで軽い筋トレのような効果を生みます。
たとえば日本語に存在しない「あの音」。
英語を話す人なら一度は苦労する、あの有名な“舌をしっかり動かす音”があります。
これを正しく出すためには、舌の先だけではなく、舌の付け根、喉の奥の筋肉、首の深いところまで意識して動かす必要があります。
ところが、高齢になると首・喉・舌の根本は特に衰えやすい部分です。
だからこそ、英語の発音練習はその部分のちょうど良いリハビリになるのです。
少し発音練習をすると、喉の奥や首のあたりに“軽い疲労感”が出ることがありますが、実はこれこそが筋肉が動き、老化を食い止めている証拠。
無理のない範囲で続けるだけで、首の老化予防、喉の弱体化防止、滑舌の改善に自然とつながっていきます。
つまり英語を学ぶことは、
「語学学習」+「顔・首・喉の健康維持」という、
まさに一石二鳥の効果を持っているのです。
さらに素晴らしいのは、この効果は“若い頃よりも高齢の方のほうが実感しやすい”という点です。
若いときには気づけなかった身体の変化があるからこそ、英語を使った筋肉刺激が体感しやすく、英語そのものも上達しやすくなる側面すらあります。
私はこれを冗談半分、本気半分で
「長生き英語(ながいきえいご)」
と呼んでいます。
もちろん効果は発音に限りません。
英語を話すという行為は、
・普段使わない脳の領域が動く
・思考の切り替えが必要になる
・音を聞き分ける力が鍛えられる
など、脳医学的にも非常にメリットの多い行動です。
そのため、英語を声に出して話す習慣は、
脳の活性化、認知機能の維持、顔まわりの神経の刺激にもつながります。
外からは見えない「内側の健康づくり」をしながら、同時に英語まで上達してしまう。
これはまさに**一度で山ほどの効果を得られる“超効率の良い健康法”**と言えるでしょう。
だからこそ私は、
「高齢者こそ英語を始めるべき」
と強く伝えています。
英語学習は、単なる趣味ではなく、
発音・脳・喉・首・表情筋という
“衰えやすい部分”を自然と鍛え続けられる、
理想的な長寿習慣でもあるのです。
これが、私が提唱する「長生き英語」の出発点です。
なぜ“できない部分”ばかりを指摘し続けるのだろうか。
実は、英語にはすぐにでもできるようになるポイントが山ほどある。
にもかかわらず、そこを見せずに“難しいところばかり”を強調する指導があまりにも多い。
私たち教師側の本来の目的は、ただひとつ──
**「生徒ができるようになること」**である。
決して「できないところを見つけて突きつけること」が目的ではないはずだ。
一致している思い込んでいるだけだ
まずは、生徒がすでに持っている力を丁寧に表に引き出し、
「意外と英語って半分くらいはもうできてるじゃないか」と気づかせる。
この“顕在化”のプロセスこそ、本当は英語指導の一丁目一番地である。
しかし現実には、多くの先生が最初にやるのは、
「これは難しい」「ここができていない」「これもまだ足りない」と、
英語を“巨大で偉大なもの”として見せつけることだ。
まるで、難しさを誇ることで、
「こんなすごいものを教えている自分は偉い」
と、無意識のうちに“教育マウント”を取ってしまっているようにも見える。
これこそが、日本だけにある日本人の英語マウントの源泉になっているのかもしれない。
だが本当は、先生は生徒を自分と同じ場所に立たせるための近道を、もっと提供できる。
なぜなら、英語には“すぐにできるようになる部分”が本当に多いからだ。
それを探し、渡し、成功体験に変えてあげれば、生徒はみるみる喜び、次のステップへ進める。
そしてその成功体験と並行して、日本語には存在しない音や未開の領域を少しずつ積み上げればいい。
できることと、まだ難しいこと──この二つをバランス9:1よく提示するのが本来の指導である。
私自身、長い間、教育の現場に立ってきた経験から痛感しているのは、
生徒に「できないこと」を与えるのは、10のうち1つで十分だということだ。
1回の授業で、生徒が受け止められる“挑戦”は、わずか1つだけ。
残りの9つは、すでに持っている力を確実に顕在化し、
「これならできる」という感覚を積み上げる作業でなければならない。
ところが、この9の部分を本当に丁寧にできている英語教師は、
日本人であれ外国人であれ、驚くほど少ない。
こここそが、本当は英語教育の核心であり、
一番求められている技術であるにもかかわらず、である。
英語は“できない部分を攻める教科”ではなく、
“すでにできている力を見える化して伸ばす教科”である。
この視点が広がれば、英語はもっとやさしく、もっと楽しいものになるはずだ。
そしてその方法でもちゃんと生徒さん達は上達していく。それも普段よりも早いスピードで上達していく。