■英語表現は「シーン」とリンクして何度も繰り返し使われる

今、生徒さんと一緒に集中して見ている英語動画があります。
外国人が日本のラーメンや寿司を初めて食べ、その体験をレポートする動画です。

このタイプの動画は英語学習に非常に向いています。
理由は大きく三つあります。



① 外国人の“心理状態”がよく分かる

初めて日本食を食べたとき、外国人がどのように受け取るのか。
驚き・喜び・戸惑いなど、外部者がどんな内面を持ち、どう反応するのかが手に取るように分かります。

そのとき彼らが発する言葉・感情の動き・表情。
これらはすべて英語学習において貴重な“生のデータ”です。



② どの動画でも使われる英語表現がほぼ同じ

ここが最も重要なポイントです。

初めて食べるシーンでは、ほとんどの人が同じ英語表現を使う。

代表的なパターンはたったの2種類。
1. “I’ve never had this before.”(今まで食べたことがない)
2. “This is the best I’ve ever had.”(今まで食べた中で一番)

どの動画でも、登場する外国人の99人中99人が、このどちらか(あるいは両方)を必ずと言っていいほど口にします。

つまり、シーンごとに英語表現は固定化され、必ず繰り返されるということです。



③ 英語学習は「シーン別」に覚えると圧倒的に楽になる

TOEICを例にすると、TOEICは“オフィスシーン”に特化した試験です。
そのため、出てくる英語はオフィスで使う表現だけで、レストランで初めて食べたときのリアクション英語は一切出ません。

大学受験英語も同じで、大学授業や学問系の会話とリンクしています。
したがって、TOEICの英語と“外国人が日本食を初めて食べたときの英語”はまったく重なりません。

このように、英語はシーンが変われば、使われる表現も完全に変わるのです。

だからこそ大切なのは、
自分に関係ないシーンの英語は覚えなくていい
という考え方です。



■英語学習で最初に決めるべきは「何を覚えないか」

多くの学習者は「何を覚えるべきか」から始めますが、実は逆です。

まず決めるべきは、
自分の生活シーンに関係ない英語は覚えない
という線引きです。

英語は“覚えるもの”を増やすより、
“覚えないもの”を決めるほうが効率が上がります。



■生徒さんの場合:職場で外国人と話すための英語だけ覚える

今、私の生徒さんが練習しているのは、
仕事で外国人と話せるようになるための英語です。

であれば、職場で外国人が何かを食べたときにどう反応するか——
このシーンに必要な英語はほぼ固定化されています。
• 「初めて食べた!」
• 「今までで一番おいしい!」

この二大パターンさえ準備しておけば十分です。



■まとめ
• 英語表現はシーンと強くリンクし、何度も繰り返して使われる
• 関係ないシーンの英語は覚えなくてよい
• 覚えるべき表現は、実は驚くほど少ない
• 学習者は「何を覚えないか」を決めることが重要
• 食レポ動画は“固定表現の宝庫”なので学習に最適
TEDでスピーチをしてからすでに3年が経つが、今回も過去の登壇者として招待を受け、リハーサルの段階から会場を訪れることになった。実際にリハーサルを見て会場の雰囲気を味わうと、当時はスピーチが終わった後に必ずインタビューがあったことや、その合間に舞台の転換作業や次の登壇者の準備が慌ただしく進んでいたことなど、細かな記憶が次々と蘇ってきた。

TED の動画を普段から見る人は「TEDは一つの形式だ」と思いがちだが、実際に私が関わっている TEDx を見ると、その運営スタイルは複数に分かれる。
まず1つ目は、登壇者にほぼ全てを任せてしまい、完全に自由に話してもらうパターンで、講演会に近い形式である。この場合、運営側の介入は最小限で、キャスティングをした後は好きに話してもらう。ホリエモンのような発信力のある人たちが登場する場合に多く、特に大学が主催する TEDx は学生運営であるため、内容にはほとんど手を入れないのが特徴だ。

もう1つは、運営側が非常に綿密にオーガナイズするパターンである。テーマ選びから構成、話し方のテンポ、観客の惹きつけ方まで、運営が細かくサポートし、まるで型にはめるようにスピーチを磨き上げていく。自由に語っているように見えても、実際には裏側で時間配分や言葉選びまでしっかり整えられている。こちらのタイプは初心者を登壇者として支える際には非常に効果的で、TEDx の中ではむしろこの形の方が多いと感じる。

こうして見ると TEDx と一口に言っても、実際には「自由放任型」「運営主導型」と複数の形式に分かれており、内容の難度や深さにも大きな幅がある。

そして問題は、ここから「TEDが英語学習に向かない理由」がはっきりと見えてくる点である。

リハーサルを見ていて気付くのは、TED のテーマそのものが非常に“濃い”ということだ。多くのスピーチは一般的な興味・関心よりも、専門的でマニアックな領域に踏み込んでいく。そのため、「面白そうだから聞いてみよう」と思っても、実際に聞き始めると予想以上に内容が深く、一般の人には眠くなるほど退屈に感じることがある。

これは登壇者が悪いわけでも、運営が悪いわけでもなく、TED の本質が「これまでにない新しい発想や知識を伝える場」であることに理由がある。
つまり、テーマに興味がある人にとっては刺激的で魅力的だが、それ以外の人にとっては急に深い世界に引き込まれ、置いていかれる構造になっている。

だからこそ、英語学习者が TED を聞いても、内容そのものに興味が持てず、途中でつまらなくなりやすいという問題が生まれる。英語が難しいのではなく、「話しているテーマが自分の興味と一致しない」「どんどん深くなるため理解が追いつかない」という理由で、モチベーションが下がってしまうのだ。

結果として、「英語がつまらない」と勘違いし、学習意欲を失ってしまうケースが起きる。実際は英語が悪いのではなく、TED の構造上、“興味の一致”が起きないと極端に退屈に感じるため、英語学習の教材としては扱いづらいのである。

つまり TED のつまらなさは、英語学習以前に TED というフォーマットの本質に由来している。専門性が高く、深すぎる内容が多いため、ほとんどの英語学習者にとっては向かない教材と言えるのだ。

TEDは英語の学習に向いてると言うのは、多くはTEDに実際出ていない人ばかりであろう。
実際に出てみると、TEDの本質がわかり、英語学習にはとことん向いていない教材になり得るということが登壇者であるから、明確に分析できる。


実は、この“オーガナイズ型”の方が TEDx の中では多いのではないかと私は感じている。自由にしゃべっているように見えて、その裏にはしっかりした支えがある。だからこそ、初心者の登壇者であっても質の高いスピーチに仕上げることができる。特に TEDx の名称の後に「○○」と地名や団体名がつくエリアでは、サポート体制が強固で、登壇者の魅力を最大限引き出すように運営が本気で関わってくれる。

こうして見比べていくと、TED と一括りにされがちなスピーチイベントも、実際には運営のスタイルやサポートの濃度によって複数の種類に分かれるのだということがよくわかる。登壇者の個性だけでなく、運営の姿勢によってもスピーチの完成度は大きく変わる。その違いを理解してから動画を見ると、同じ TEDx でも全く異なる表情を持っていることに気づき、より深く楽しめるようになるのだ。

よく英語学習の過程で「メンタルブロックを取りましょう」「できないと思い込む自分を捨てましょう」といった助言を耳にします。心のどこかで英語に対する恐れや抵抗感があり、それが上達の妨げになっている──だから、その心の負荷を取り除かなければいけない、という理屈です。確かに、こうした心理的ハードルが存在することは多くの学習者が感じていることでしょう。しかし、実はこの“メンタルブロックを取る”という作業、私自身は25年間英語を話す仕事に携わってきたにもかかわらず、一度たりとも成功したことがありません。つまり、メンタルブロックを抱えたまま、英語の仕事をし続け、結果として成果を出し続けてきた、ということです。


ここから見えてくるのは、「メンタルブロックを取り除くことが必須である」という考え方は、もしかすると本質からズレているのではないか、という事実です。メンタルブロックがあろうが、自信がなかろうが、「自分はできない」と心のどこかで思っていようが、結局のところ実際にできてしまえば問題は解決します。仕事として英語を使い、相手に伝わり、成果を出しているのであれば、心の奥にどんな不安が残っていようと、それが現実のパフォーマンスを妨げるとは限らないのです。


つまり、「自信を持て」「メンタルを克服しろ」というアドバイスに縛られる必要はまったくありません。むしろ、そうした抽象的な“心の状態”を無理やり変えようとすること自体が、余計なストレスを生み、上達を遠ざけてしまうことすらあります。それよりも、英語という言語を“物理的に”扱えるかどうか──これは発音、口の動き、耳の慣れ、文法の順序、反射的な言語処理など、具体的かつ再現可能なスキルです──そこを鍛えて現実に使える形にしていくほうが、よほど実用的で、確実で、成果に直結します。


そして、英語とは結局のところ「通用すればいい」ものです。心の状態がどうであれ、伝わればそれが“できている”という事実になります。ですから、心の克服を目指さなくてよいし、無理に自信を持とうとしなくてもいいのです。必要なのは、自信や心ではなく、“できるという身体的・技術的な仕組み”をつくることです。そのスキルをそのまま社会の場で体現すれば、英語は問題なく通用します。


では、その「物理的にできる状態」をどう作るのか。そのヒントや答えとして、私が考えたのが、いわゆる「モナウナ呪文英語」です。これは心を変えるのではなく、身体で再現できる発音とリズムの型を作り、余計な心理的負担を避けながら、確実に英語を“使える形”にしていくための方法なのです。