
想像力を色々な方面にそそられる2文字ですが(笑)、略奪美術品の略奪です。
第2次世界大戦時、ナチスドイツが自国のユダヤ人や占領下のフランス人などから数々の美術品を名目ばかりの買い上げ、その実は略奪しました。
この略奪美術品については、ノンフィクションの優れたルポルタージュも数々発表されています。
そして、スケルトン探偵のシリーズで有名なエルキンスも、自作の中で何度か取り上げています。
今回の本は、美術探偵クリス・ノーグレンのシリーズとは別の主人公が活躍する1冊、『略奪』(アーロン・エルキンス、笹野 洋子訳/講談社文庫)。
この本を読んで思ったのは、日本は島国でヨーロッパは大陸だということ。
日本に住んでいると、いいものも悪いものも海を越えないと入ってこないのに、地続きのヨーロッパはいいものも悪いものもすぐ隣にあるのだなあ、と、思いました。
この物語では、第2次世界大戦の時の記憶を持つ登場人物から、その物語が語られます。
日本の「おじいちゃんの戦争の話」とは、少し違った風情があるのは、たぶん、このお隣感覚の違いでしょう。
虐げた側と、虐げられた側は、昨日までお隣で、戦争が終わったら、またお隣で。
「なぜ、ここに住めるのです」
戦争中、つらい思いをした人に主人公がたずねます。
西洋的な考えでは、「何もしないこと」は罪です。
助けることによって自分や家族が危うくなるような状況だった――。戦時下には、そんな場面がいくつもあったことでしょう。理解できても、誰も助けてくれなかったという過去は、人を深く傷つけます。
人間は敵から攻撃される倍も、味方(だと思っている人)に攻撃された時のショックが大きいのかもしれません。
最初、「何もしていない人」だった主人公は、略奪美術品を巡って色々な人出会い、「何かをしようとする人」に変わっていきます。
この物語は美術サスペンスでありながら、再生の物語でもあります。