いつもの散歩コースを、ほんの気まぐれで変えてみることにした。

角を曲がり、見慣れない路地へ足を踏み入れる。 「この先は、どうなっているんだろう」 先が見えないことへの小さな高揚感。そんな心地よいワクワク感を胸に歩を進める。

 

慣れた道を外れ、主要道路からゆるやかに下る広い街道へ。 道なりに歩いていくと、車が何台も連なる月極駐車場が見えてきた。

 

その前をゆっくりと通り過ぎようとした瞬間、私の足がぴたりと止まった。

視線の先にあったのは、異彩を放つ一台の姿。

周りに並んでいたのは、安全装備と燃費効率を追求した結果、どこか没個性的になってしまった「今流行りのSUV」や「ミニバン」たち。 だが、その一角だけに全く違う空気が流れていた。

 

山吹色のボディに、ボンネットを貫く二本の黒いライン。 サイドにも一筋のブラックライン。 ロングノーズ・ショートデッキが生み出す、黄金比率「7対3」の美しいシルエット。

1964年式、フォード・マスタングGT。

静かに佇んでいるだけなのに、まるで獲物を狙う猛獣のように、あるいは放たれるのを待つ銃のように身構えている。 美しさの中に宿る、圧倒的な強さと速さ。

 今にも地を蹴り、矢のように走り出すのではないか——そんな躍動的な気配を纏っていた。

 

脳裏に浮かんだのは、スティーブ・マックイーン主演の映画『ブリット』だ。 あの伝説的なカーチェイスでスクリーンを駆け抜けたのが、まさにこのマスタングだった。

 

無駄な装飾を極限まで削ぎ落としたスタイルは、まさしく「野生馬(マスタング)」そのもの。 調べてみると、この車は1960年代初頭、業績不振に苦しんでいたフォード社で、副社長リー・アイアコッカが発した「一目見ただけで誰もが惚れ込む車を作れ」という号令のもと誕生したという。

 

初期型は既存車種のパーツを巧みに流用した「スタイル優先」のクルマだったとも言われるが、V8エンジンの咆哮と豊富なオプションでたたずむを熱狂させた。

機能美や効率夏も悪くはない。 けれど、「一目見ただけで胸が高鳴るような車」には、めっきり出会えなくなってしまった。

 

夏風の吹く駐車場で黄色い野生馬を前にしながら、心の奥でそんな声が響いていた。