『親の介護』に関して、我が家と言うか私は恵まれている方だよね……と良く思う。
義父は日本に居る間に、それも倒れてから殆ど『介護』の問題もない間に亡くなったから、まさに
既にお膳立てされた葬儀に参加するダケ
…という感じだった。
その次は義母。
移住後であったが、別居直前頃から「明るい認知症」(注;現実と思い込みの差が激しいのだが、内容が明るいから救われた)という感じが強くなっていたので、我が家族と似ている「モト」の家族も誰もその事実を伝えなかった。
その後不慮の事故からの不慮の医療ミス( ̄_ ̄|||)!で義母が入院からのケアハウス入居……ということになった時期には「モト」曰く
『ママ』を安心させる為!
…という理由で「仮面夫婦」として二回程会いに行った事があるが、義母が住んでいたアパートを引き払ってからは「子供達(主に「タオ」)」を連れて義姉の家に行くことはあったが(注;どういう状況でも「モト」にとって「自分がオカネを払ってホテルに泊まる」という選択はない🤣)それまでは彼が「家族レジャー」と呼んでいたソレも直ぐ判りやすく回数が減って行った。
何より例え「モト」が会いに行っても……それこそ「力仕事」を請け負うと言うか、私からしたら義母を車椅子に乗せて周囲を散歩でもすれば良いものを……と思っていたのだが
「ボクの顔を見れて嬉しいでしょう?」
…と言ったダケで恍惚状態の義母の隣で『一緒に』(自分が好きな)テレビを観てお茶を飲んでいるダケの「モト」だったから、私も『介護』というものはやっていない。
しかし、もしも義母が「近所」に住んでいたら、もっと色々……特に「義母が本当に好きな」英国料理を色々差し入れてあげたり出来たのになあ……と今だ思う時がある。
(「モト」と滞在している時はかなり彼の好みに合わせていた、ということを移住してから理解した私)
葬儀の時には
「ああいう場所では
「タオ」が大変だから」
…という「正当な理由」で「マオ」だけを連れて行った。
(お判りだろうが本音は「ああいう場所でボクが子供の世話しなきゃならないなんて面倒臭い!」)
もちろん「可哀想なボクちゃんに恥を掻かせる女」と今も思い込んでいる私など、最初から参加させる気も無い。
義姉達もそれで何も言わなかったのだから、彼らにとって私の存在などその程度だった、ということだろう。
と言うより、ホント「似た者家族」だなあ……と思う。
(そう言うと「モト」は常に本気で激昂したけどね🤣)