家族という形に対する試行錯誤 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

 

  典型的な「素晴らしい祖父母」だと、私からでも思う。

 

 

  それでも「娘」として毎週、時に毎日と言えるくらいの頻度で会うことはシンドイ部分もあるだろう。

 

 

 

  特に「トリ」は一人娘独特の雰囲気(注;「ワガママ」とはちょっと別の意味)で、何かにつけ

 

 

  「自分のやり方が通るのがアタリマエ!」

 

 

  …という態度が垣間見れる時がある。

 

   (多分当人は完全に『無意識の意識』🤣)

 

 

 

  それは実の両親に対する彼女の態度でも判ると言うか、特に孫達が今より手が掛る時など、私は

 

 

  「トリ」の『命令』に

 

  義母さんが『従って』いる

 

 

  …という感じだなあ……と見える事が多々あった。

 

 

 

 

  重ねて言うが彼らに「排他的」とか「意地悪」という言葉は全く当てはまらない。

 

 

  ひたすら「無自覚」。

 

 

 

  自分達は快適な「繭の中」で過ごしているから、その「外」の空気が判らない。

 

 

  そして「外」の人間には「繭の中」の空気が重い。

 

 

  重いから出て行く訳だが、繭の住人にはその理由が判らない……が、気にしない。

 

 

 

  だって「繭の中」は快適だから。

 

 

  …そんな感じか?

 

 

 

 

  そして「マオ」は、そんな彼らの「繭の中」の住人になれた、言わば「稀有な人材」だと思う。

 

 

 

  それは何より、彼と義父さんの関係が一番の理由だろう。

 

 

  もし、関係を全く知らない人が私と義父さん、そして「マオ」の三人が居る様子を見たら

 

  「ああ、御夫婦とその息子さんね」

 

  …と思っても不思議はない、と思う。

 

 

 

  その位「マオ」と義父さんはあらゆることを「会話」をし、故に仲が良い。

 

 

  孫が出来る前は「トリ」と義母さん、「マオ」と義父さんに分かれてそれぞれの趣味等で一日過ごしたりすることも良くやっていた。

 

 

 

  義父さんにとってはまさに「息子」が出来たという感覚。

 

 

  何より「マオ」にとっては

 

  父親以上に父親

 

  …と言える存在、それが義父さんなのだと特に一昨年末私はつくづく考えさせられた。

 

 

 

  「モト」=実の父親が同じような癌になったと聞いても、あれほど狼狽することは絶対に無いだろうな……と私は確信出来る。

 

  (まあ実際、普段の会話にも全く出て来ないヒトだしね🤣)

 

 

 

 

  何より目の前の「自分の損得」ダケの為に我が子の都合や気持ちを無視することを

 

 

  「なんで? 『ボクは』気にしないよ?」

 

 

 

  …の一言で済ませるような「生物学上の父親」しか知らなかった「マオ」にとっては、本当に得難い出会いだったと思う。

 

 

 

  本当に心からそう思う。

 

  そう思うのだ、が……!