我が姉はやっぱり『我が姉』でありました……! | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

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 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

  

 

  我が家……と言っても「私と姉」にとっては、母が存命中は

 

  「死んでも忘れてはいけない」

 

  …イベント、というものが年に四回ある。

 

 

 

 「誕生日」(三月)であり

 

 「母の日」(五月)であり

 

 「敬老の日」(九月)であり

 

 「年賀状(今の私はクリスマスカード)(年末年始)である。

 

 

  今でこそ私には「物品」も請求しないし、前日まで届かなかったりすると開口一番いきなり

 

  「何やっているんだっ!!」

 

  …と怒鳴りつける電話が掛かって来ることも、贈ったものに対して

 

  「フン、こんなものっ!」

 

  …となじられることもなくなった(平和🤣)

 

 

 

 

  しかし私とは逆に、私が離日した後は当然ながらイザとなったら「呼び出し」が掛かる立場になった姉は「イベント」毎に顔を出すことが『義務』となっている。

 

 

 

  そう、年に三回目の「義務決行日」(我が家では『任務』と呼んでおります。因みに母からのお願い事は『指令』🤣)の九月。

 

  今年も数日前に「今年はどうするんですか?」と聞いたら

 

 

  「『アタシはお菓子は食べない!』と言われたから

 

  果物でも持って行くつもり」

 

  …ほ~ほ~。

 

  「でも、自分でお菓子は買っているんだよね」

 

  …うん、「そういうヒト」だ。

 

  多分、姉が買って行くお菓子が「好み」ではないからだろう。

   (姉は「相手の好み」を探るような人ではない)

 

 

  だから全部自分で買った方が良い、ということだろうが、その『正当な理由』(世間では「言い訳」と言う🤣)も判っている。

 

 

  「お父さんへのお供え」

 

 

  …その前は「お父さんが食べるから」だった、例え当の本人は食べられなくなっていても🤣

 

 

 

  さて。

 

  先日その姉から「毒出し」と呼ぶ『報告』が来た。

 

 

  相変わらずの「毒吐き」、愚痴のオンパレードだったようだが、今回はただ一つ、思わず

 

  「おお、お母様、

 

  アナタもそう思っていましたか!」

 

  …と叫んだ話があった。

 

 

 

 

  姉が孫達(つまり母の曾孫)の写真を持っていったそうなのだが

 

 

  「写っていた我が家の和室を見て

 

  『あんたのウチに

 

  畳なんかあったのかい?』」

 

 

 

  🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣🤣!!!

 

 

 

  …だって、「姉の家」と言えばコレ👇である。

  

 

 

  

 

  まあ「自分以外」の人達には厳しい……という以前に誰だろうと自分のことを「棚上げ」しようと文句は幾らでも出て来るのが母だから仕方ないと言えるが、もっと笑ったのはそれに続く姉自身の言葉だった。

 

 

  「本当に記憶にない、という表情だった。

 

  『認知症』の可能性は十分にあるね」

 

 

   ……久し振りの胃痙攣。

 

    🤣🤣🤣

 

 

  「自覚がない」とは本当に怖い、と自省も含めつくづく思わされたのでありました……!