『心的外傷と回復』ジュディス・L・ハーマン著 中井久夫訳 みすず書房
「第四章 監禁状態」より
P111
逃走を防ぐ障壁は通常目に見えない障壁である。しかし、それはきわめて強力である。子どもたちは一人で生きてゆけないために監禁状態に置かれる。
P114
人間に自分以外の人間を奴隷化させる方策はおどろくほど一つである。
P115
自分以外の人間の完全なコントロールを確立する方法とは何であろうか。その基本線は心的外傷をシステマティックに反復して加えていためつけることである。それは無力化 disempowerment と断絶化(disconenection、すべての対人関係からの切り離し)を組織的に用いるテクニックである。心理的コントロールの方法は恐怖と孤立無援感とを注入して被害者の「他者との関係においてある自己」という感覚を粉砕するようにデザインされている。
「第五章 児童虐待」 より
P151
虐待的な家庭環境においては、親の権力の行使は恣意的で気まぐれでありながら、しかも絶対的で反対はゆるされない。
P154~155
暴力、脅迫、規律のきまぐれな強要が恐怖を注入し、自動人形のような服従の習慣を育てるとすれば、孤立と隠蔽と裏切りとは対人関係を破壊して、庇護してくれるはずの対人関係が失われる。児童虐待の起こる家庭が世間から孤立していることは現在ではふつうのこととされているが、社会的孤立がたまたま起こったのではないということはあまりわかられていない。しばしば虐待者が虐待を秘密にし、家族たちを支配しつづけるために孤立を強要しているのである。
生存者はしばしば世間とのあらゆる接触をさせないように嫉妬深く見張るというパターンを語る。虐待者はありきたりの友達づき合いを厳禁したり、友達との交際にいつでもいくらでも口をさしはさむ権利があるのだと言い張ってやまなかったりするであろう。
被虐待児は世間から孤立させられるだけでなく、他の家族成員からも孤立させられる。被虐待児は日々味わうのである、自分の親密世界においてもっとも権力の強い成人が自分にとって危険な存在であるだけでなく、自分のケアをする責任があるはずの他の成人たちも自分を守ってくれないということを――。
この守ってくれないということの理由が何であっても被虐待児にとってはどのような意味でもありがたくないのであって、もっとも善意に解する場合で無関心のしるしであり、もっとも悪意に解する場合には共謀の裏切りである。
(中略)
被虐待児は自分は見捨てられてただ運命の手に翻弄されるままにゆだねられているのだと思い、この見捨てられのほうを虐待よりもつらく苦しく腹立たしく思う。
P156~157
被虐待児といえども自分のケアしてくれる人に対して何とか一次的愛着を形成しなければならないのだが、その対象ときたら危険人物か、自分を無視している人物かである。他者たちとの関係において基本的信頼と安全の感覚を育成しなければならないのに、その他者たちたるや安心も信頼もできない連中である。自分たちも孤立無援であるか、子どもの世話を放棄しているか、残酷か、いずれかである。
その他者たちとの関係の中で自己感覚を育てざるを得ないわけである。身体の自己制御の自在性を発達させなければならないのに、その環境たるや自分の身体が他者たちの欲求にほしいままにゆだねられている始末である。
被虐待児の心理的適応の基本的目的はすべて、両親たちがそれこそ毎日毎日、その悪意を、たよりなさを、冷淡さを、無関心をはっきりとみせつけているのに、それでもなお、それをみながらも、両親への一次的愛着を保つというところに置かれる。
この目的を果たすために子どもは実にさまざまな心理的防衛手段に訴える。この防衛の魔力によって、虐待は意識と記憶から壁で隔てられて実際にはそういうことはなかったということになるか、あるいは極小化され、合理化され、弁明のつくものとされ、何が起ころうともこれを変化させることはできないので、子どもは現実を心の中で変えるのである。
被虐待児は、虐待は実はなかったと思い込むほうが好きなのである。この絶望を満たすために、被虐待児は虐待されているという秘密を自分自身からも隠蔽しようとする。
P159
巨大な児童期外傷の場において断片的人格すなわち「もう一人の自分」たちが発生することは多くの研究が確証するところである。
P160
虐待という現実を回避することが不可能になると、被虐待児は虐待を正当化する意味体系をこさえ上げなければならなくなる。被虐待児は自分は生まれつき悪い子で、それが原因なんだと結論せざるを得なくなる。
P161
被虐待児は怒りを調整することがむつかしい。このことを被虐待児は予め知っており、そのために自分の心は悪いのだという確信はいっそう深くなる。敵対的な態度に出会うたびに、被虐待児は自分はほんとうに嫌われてしかるべき者だという思い込みを起こす。実によくあることとして、被虐待児はその怒りをその向かうべき対象は危険であるから、そこから位置をずらして怒りを起こすもとなどではない人たちにぶちまける。こういうアンフェアなことをしてしまったと、その子の自己断罪はさらに深まってゆく。
P170
自傷行為を起こす虐待経験者は皆が皆、自傷行為に先立って深い解離状態が起こると述べている。離人感、非現実感、無感覚症とともに耐えがたい苛立ち感と自己身体を攻撃したい衝動とが起こる。自傷行為の始まりごろには疼痛が全くない。最後におだやかでほっと救われた感じが力強く起こってくるまで自己破壊が続けられる。身体の痛みのほうが心の痛みよりずっとましなのでこの置き換えとなるのである。
P178
一般に思い込まれている「虐待の世代間伝播」に反して、圧倒的大多数の生存者は自分の子を虐待もせず放置もしない。多くの生存者は自分の子どもが自分に似た悲しい運命に逢いはしないかとしんそこから恐れており、その予防に心を砕いている。経験者たちはしばしば子どもたちのために自分のためには振えなかったケアと保護の能力を動員することができるようになっている。
「第六章 新しい診断名を提案する」
P181
大多数の人は、自由を剥奪されれば心の変化が起こるということに無知である。まして、これに理解のある人はいないも同然である。だから、慢性的な外傷に暴露されていた人に対する世間の眼は冷たい。
極度の恐怖に長時間暴露された経験がなく、また人間を強制的に屈伏させ操作する各種の方法の恐ろしさがわかっていない第三者は、自分ならば、そういう情況におかれようとも、彼女より勇気を示し、彼女よりはしっかりと抵抗できるといわれなく思い込む。被害者のほうにも落ち度があるのであって、彼女の行動は人格あるいは道徳性に欠陥があるせいだとする一般的傾向はここから来る。
P186~187
一般に現行の診断カテゴリーは、一言にしていえば、極限状況を生き抜いた人のために作られたものではなく、そういう人にはぴったり当てはまらない。
「外傷後ストレス障害(PTSD)」でさえも、現在の定義では、完全にぴったり合うわけではない。この傷害に対する現行の診断基準は主に限局性外傷的事件の被害者から取られたものである。すなわち典型的な戦闘、自然災害、レイプにもとづいている。
長期反復性外傷の生存者の症状像はしばしばはるかに複雑である。長期虐待の生存者は特徴的な人格変化を示し、そこには自己同一性および対人関係の歪みも含まれる。
長期反復性外傷後の症候群にはそのための名が必要である。私の提案は「複雑性外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)」である。外傷に対する反応は一つの傷害でなく、さまざまな病的状態より成る一つのスペクトルとして理解するのがもっともよい。
『心的外傷と回復』ジュディス・L・ハーマン著 中井久夫訳 みすず書房
「第一章 歴史は心的外傷をくり返し忘れてきた」より
P3
心的外傷を研究することは、自然界における人間の脆(もろ)さはかなさを目をそむけずに見つめることであると同時に、人間の本性の中にある、悪をやってのける力と対決することである。
「第二章 恐怖」より
P46
心的外傷とは権力を持たない者が苦しむものである。外傷を受ける時点においては、被害者は圧倒的な外力によって無力化、孤立無援化されている。
P48~49
外傷的事件は通常の生理学的な覚醒度や感情や認知や記憶に深く長く続く変化を起こさせる。さらに、外傷的事件は正常な場合にはよく統合されている防衛機能をばらばらに働くようにしてしまう。外傷をこうむった人は、強烈な感情を自覚しているのに事件の記憶が明確でないとか、逆に細部に至るまで克明に記憶しているのに感情が動かないとか、いつも緊張し警戒し焦慮しているが、どうしてなのかわからないとかである。外傷症状はその発生源との関係が切れてしまう傾向がある。症状は独り歩きをしはじめる。
このような断片化は、外傷が、ふつうはまとまって働く精妙な自己防衛システムを切り裂いてバラバラにするからである。
外傷後ストレス障害の多数の症状を三つのカテゴリーに分けることができる。
三つとは「過覚醒――hyperarousal」「侵入――intrusion」「狭窄――constriction」である。
「過覚醒」は長期間にわたって危険に備えていたことを反映し、「侵入」は心的外傷を受けた刹那の消せない刻印を反映し、「狭窄」は屈伏 による無感覚反応を反映している。
(過覚醒について)
P51
彼らには、正常人が持っている、警戒しながらリラックスもしているというレベルの注意の「基準線」がない。彼らは覚醒の基準線が高くなっている。彼らの身体はつねに危険に対する警戒状態にある。彼らはまた、不意に襲ってくる刺激に対して極端な驚愕反応を呈する。
さらに、外傷となった事件と関係がある特異的刺激に対して激烈な反応を示す。また、外傷をこうむった人は、そうでない人々ならちょっとうるさいなと思うぐらいの刺激の反復でもこれをダイヤルを他のチャンネルにまわして消去してしまうことができなくなる。
彼らは、くり返される刺激ごとに、それが新たな危険な不意打ちであるかのように反応する。覚醒度の高進は覚醒状態だけでなく睡眠中にも残り、さまざまな睡眠障害の原因となる。外傷後ストレス障害の人は通常人よりも入眠に余分の時間がかかり、音に対して敏感で、中間覚醒の回数も多い。このように、外傷的体験は人間の神経系の再条件づけをするらしい。
(侵入について)
P52
危険が過ぎて長時間がたっても、外傷をこうむった人はその事件を何度も再体験する。それはあたかも事件がくり返し回帰してくるかのようである。彼らは人生の正常な軌道に戻ることができない。外傷がくり返しそれを遮るからである。まるで時間が外傷の瞬間に停止したようである。外傷をこうむった瞬間は異常な記憶形態の中にコードされ、何の誘因がなくても意識に現れる。覚醒時にフラッシュバックとして現れることもあり、睡眠中に外傷性悪夢となって現れることもある。一寸した、どうみてもさほどの意味があるように思えない痕跡が外傷時の記憶を呼びさますことがあり、それもしばしばもとの事件そっくりの生々しさと感情的迫力を以って戻ってくる。
こうして、正常ならば安全な環境をも危険と感じるようになることがある。生存者は外傷の痕跡に出会うことはないという保証はありえないと思っているからである。
外傷は、生きのびた者の人生にくり返し侵入することによって正常な発達経路をとめてしまう。
P53~54
外傷性記憶は
・通常の成人型の記憶のように言語によって一次元的な(線形の)物語にコード化されない。
・ことばを持たない凍りついた記憶である。
・言語による「語り」も「前後関係」もない。それは生々しい感覚とイメージの形で刻みつけられているのである。
・イメジャリー(イメージを喚起する作用)と身体感覚とが優位である点と、物語性を欠く点で幼児の記憶に似ている。
P55
外傷性記憶のこの特殊性の基礎にはおそらく中枢神経系における何らかの変化があるのであろう。広汎な動物実験の結果によれば、アドレナリンをはじめとするストレス時に放出されるホルモンの血中濃度が上昇すると記憶の刻印性が強まる。同じ記憶の外傷性刻印が人間に起こってもおかしくない。精神科医ヴァン・デア・コルクは交感神経系が高度に賦活された場合には記憶においては言語性記銘力が不活性化され、中枢神経系は幼少時の感覚性、映像性(イコン性)形式に戻るのではないかと憶測している。
P56~59
外傷的場面の再演は児童がくり返すプレイの中にもっともはっきり現れる。
再演のすべてが危険なわけではない。その一部はたしかに適応の役に立っている。
再演には不気味なところがある。意識的に選択した場合でも不随意感、つまりしたくてやっているわけではないという感じがある。危険でない場合でも、それに駆り立てられ、それはしつこく離れないという性質がある。
(狭窄について)
P61~
人間というものは、完全に無力化され、いかなる形の抵抗も無駄である時には「降伏 surrender」の状態に陥るはずである。自己防衛のシステムは完全に停止する。孤立無援化された人は置かれている状況から現実世界において行動することによって脱出せず、意識の状態を変えることによってそこから抜け出ようとする。これと同じ状態は動物にもみられるところである。攻撃を受けた時に凍りついたような不動状態になることがあるのがそれである。
これらは捕まった餌食が捕食者に対してとる態度であり、戦闘における敗者がとる姿勢である。
こういう意識の変化が、外傷後ストレス障害の主要症状の第三である狭窄 constrinction すなわちマヒ numbing の中心にある。危険から逃れられないという状況は、時には、ただ単に恐怖と怒りを誘い起こすばかりではない。逆説的であるが、超然とした心の平静さをももたらすのであり、恐怖も怒りも痛みもその中に溶け込んでしまう。意識は事件を記録しつづけているが、その事件なるものが通常の意味から切り離されているかのように記録するのである。知覚は鈍くなるか歪み、身体の一部の感覚が麻痺するとか(たとえば聴覚といった)個別的感覚が失われるかすることがある。時間感覚も変化することがあって、よくあるのはものの動きがゆっくりになったという感じであり、また体験が<通常の現実>という質を失うこともある。その人は事件が自分に対して今起こっているのではなく自分は自分の対外に離脱してこれを眺めているように思うとか、体験全体が一つの悪い夢であって間もなくそれから覚めるはずだと思うことがあるはずだ。
このような知覚の変化と結びついて、無関係感、感情的超然(第三者)感、そして、その人の主動性(イニシアティブ)と闘おうとする気概とのすべてを消失させるような深い受け身感とが起こる。この変性意識状態は自然が与えるいささかの慈悲であり、耐えられない苦痛に対する防衛であるという見方もあるかもしれない。
(外傷の弁証法)
P69~
圧倒的な危険体験の後に続く余波期においては、侵入と狭窄という相矛盾する二つの反応が一種のうねりのようなリズムをつくりあげてしまう。この相反する心理状態の弁証法は、おそらく、外傷後症候群の最大の特徴であろう。侵入症状もマヒ症状も、外傷的事件を自我に統合することをゆるさないものであるから、この両極端が交替するということ自体が両者の間に適切な釣り合い点をみつけようとする試みであるという理解の仕方もあるかもしれない。
しかし、釣り合い(バランス)というものは、まさに外傷を受けた人が持てない当のものである。外傷を受けた人は記憶喪失と外傷そのものの再体験という両極の間を往復し、圧倒的な強烈な感覚の洪水と全く何も感じないという砂漠のような空白状態との間を往復し、衝動的な苛立ち行動と全くの行動抑止との間を往復する。この周期的交替が不安定性を生み出し、このために外傷を受けた人の将来は予測不能なものでいっぱいになり、自分は孤立無援だという感覚がさらに強まる。だから外傷の弁証法には自己継続性がある。つまり、自分の力でいつまでも自分を存続させてゆく潜在能力を持っている。
時が経つうちに、この弁証法は次第に一種の進化を遂げる。初めは外傷的事件の侵入的な再体験が主体であって、被害者は非常に昂奮をかきたてられた状態を続け、新たな脅威に対する警戒準備即応態勢をとる。侵入症状の出現がもっともいちじるしいのは、外傷的事件後数日から数週間の間であって、三ヵ月から六ヵ月のうちにはあるレベルまで下り、それからゆるやかに弱くなってゆく。
侵入症状が消退するにつれてマヒすなわち狭窄症状が優勢になる。
外傷を受けた人の内的生活と外的活動とを制限するものは陰性症状である。それはドラマを欠いている。その意味は欠けているものの中にある。このため狭窄症状はちょっと見ただけではわからない。また外傷的事件に端を発していることにはもう手がかりもなくなっている。時が経つとともに、これらの陰性症状が外傷後障害のもっとも目につく特徴となるので、外傷後ストレス障害は次第にみすごされやすくなる。
外傷後の諸症状は非常に長く続き、また幅が広いので、被害者の恒久的な人格特徴と誤認されやすい。この誤認は高くつく。そうなればその人は外傷後ストレス障害を気づかれないまま、永遠に生活は狭まり、記憶にさいなまれ、孤立無援感と恐怖とにしばりつけられる。
「第三章 離断」より
P75~76
外傷的事件は基本的な人間関係の多くを疑問視させる。それは家族愛、友情、恋愛そして地域社会への感情的紐帯(アタッチメント)を引き裂く。それは<自分以外の人々との関係において形成され維持されている自己(セルフ)>というものの構造を粉砕する。それは人間の体験に意味を与える信念のシステムの基盤を空洞化する。
外傷的事件は被害者の持つ、世界の安全性にかんする基礎的前提を破壊する。自己の積極的(肯定的)価値を破壊し、創造された世界の意味ある秩序性を破壊する。
世界の中にいて安全であるという感覚、すなわち<基本的信頼>は人生の最初期において最初にケアしてくれる人との関係の中でえられるものである。人生そのものと同時に発生するこの信頼感はライフサイクルの全体を通じてその人を支えつづける。それは関係と信仰とのあらゆるシステムの基礎を形づくる。
P83~84
外傷は親密関係から身を引くようにさせもし、それを必死に求めさせもする。基本的信頼の深刻な破壊と、恥辱感と罪悪感と劣等感が普遍的に存在することと、社会生活の中にあるかもしれない外傷の残りかすを避ける必要と、これらすべてが親密関係からの引きこもりのもととなる。しかし、外傷的事件の恐怖は庇護的な依存欲求を強めもする。したがって、外傷を受けた人は孤立と<他者への不安に満ちたしがみつき>との間をひんぱんに往復する。この外傷の弁証法は生存者の内的生活だけでなく親しい人たちとの関係にも働いている。その結果、強いが不安定な、両極間を往復する人間関係が生まれる。
(中略)
外傷を受けた人々は自己の基礎構造にダメージをこうむっている。自分自身への信頼を失い、自分以外の人々への信頼を失い、神への信頼を失う。自己評価は屈辱と罪悪感と孤立無援感という体験によって打撃を受ける。親密関係を受け容れる能力は、欲求と恐怖という矛盾した、しかしいずれも強烈な二つの感情によって損なわれる。外傷以前に形成されていたアイデンティティは修復できない破壊をこうむる。
P91
外傷を受けた人が家族、愛人、親友に求める情緒的支援にさまざまの形があり、外傷が消退する過程で変化する。外傷直後においては最低限の信頼を再建することが最優先課題である。安全と庇護を保障することがもっとも重要である。取り残されて一人になることを恐れる生存者は同情的な人物が一人でもそばにいてくれることを強く求める。完全な孤立を一度経験した生存者は、危険を前にすれば人間のつながりがすべていかに脆(もろ)いかを強烈に意識している。二度と見捨てられることはないということをはっきりと口に出して保障することが必要である。
P93
基本的安全が再建されたならば、生存者が次に他の人々の助力を求めるのは自己への肯定的な見方を再建するためである。親密性(甘え)と攻撃性とのバランスをとる能力は外傷によって破壊されており、ぜひとも再建する必要がある。それには他の人々が生存者の近しさを求め距(へだ)たりを求めて動揺する欲求に対して寛容さを示し、また自立と自己管理とを再建しようとする意向を尊重しなければならない。(生存者の)攻撃性がほしいままにほとばしるのを我慢しなければならないというのではない。そのような寛容は実際に非生産的である。結局は生存者の罪責感と羞恥の重さを増すからである。そうではなくて、自分には個人として価値があるのだという感覚を取り戻すためには、誕生後数年間にみられる自己価値感の本来の成長の土台となっていた自立心に対する尊重と全く同じ顧慮が必要である。
P105
他者と外傷体験を共有するということが<世界には意味がある>という感覚を再建するための前提条件である。この過程において、被害者はもっとも身近な人たちだけでなくより広い社会からの援助を探し求める。社会側からの反応がどうであるかは外傷が最終的には解消されるか否かを強く左右する。外傷を受けた人と社会との間の裂け目を修復する作業は、第一に外傷的事件を公衆が正しく認知し評価することであり、第二に社会がどういう行動をとるかにかかっている。ある人が傷害をこうむったということが公的に認知されれば、社会はただちに誰に責任があるかを確定し、受けた傷を修復するための行動をとらなければならない。正しい認識と修復というこの二つの応答は被害者の秩序感覚と正義感覚とを再建するのに欠かせない。
『カヴァフィス全詩集』 中井久夫訳 みすず書房
P2 「 壁 」
こころづかいも あわれみも 恥さえなくて
私のまわりを高い厚い壁で囲んだ奴等。
今は腰をおとし ただ絶望する私。
ひたすら考える、魂をさいなむこの悲運。
そとでやりたいことは 山ほどあった。
壁をきずかれて気づかなんだ 迂闊(うかつ)な私。
だが気配すらなかった。音ひとつなかった。
こっそりと私を外界からしめだした奴等め。
P21 「 窓 」
うつろな日々をこの暗黒の部屋部屋で送る私。
窓がないかとぐるぐる歩く私。
一つあいていたらすごい救いだ。
しかし窓はみつからぬ。
すくなくとも私には見えぬ。
みつからぬからよいのかも。
光もやはり専制君主だろうし、
新しいものは見せてくれるだろうが、
その正体はわかったものじゃない。
P120 「宵闇」
いずれ長くは続かなかったろう――。
永年の経験で間違いない。
だが、運命の神の幕引きもいささか慌(あわ)ただしかったな。
ずっと消えた素晴らしい生活。
だが香りのきつさよ、
荘厳なベッドよ、
お互いの身体に与えあった喜びよ。
奔放だった日の残響(ざんきょう)。
あの日々から返って来るこだま。
わかちあった若い命の燃えた火のなごり。
もう一度手紙を手に取って、
宵闇の迫るまで繰り返し読んだ。
それから心悲しくバルコンに出た。
出て愛するこの市(まち)を見て、
通りや店のちいさな動きを見て、
せめて思いを散(さん)じたかった。
P122 「感覚のよろこびに」
わがいのちの喜びと香り。
望みどおりの喜びをみつけ捉えた思い出よ。
わがいのちの喜びと香り。
私はありきたりの情事に耽るのを拒んだのだよ。
P139~140 「認識」
私の若かった日々。官能の生活。
今 その意味がわかる、明確に。
はかない後悔は無用であった。
もっとも、当時は意味が見えなかった。
わが若い日の放埓(ほうらつ)な生活だった。
詩作の衝動が生じたのも、
わが芸術の輪郭が描かれたのも、
後悔がその場かぎりだったのも、
「止めよう、生き方変えよう」という決意が
せいぜい二週間のいのちだったのも、
そのためだった――。
P344~345 「私はあそこのベッドに泊った」
あの快楽の館に行ったが
表の部屋は通り過ぎた。
少しもったいぶって世間通用の愛をことほぐところだから。
私は奥の部屋にずいと入って
そこのベッドにねた。泊まった。
口に出来ない、けがわらしいと世間がいう部屋、
そういう秘密の部屋に入っても
私はけがれぬ。汚れるというようでは
詩人、芸術家の資格はあるまい。
私はむしろ禁欲者。私の詩はこれこそふさわしい。
ずっとふさわしいのだ、
ありきたりの部屋で快楽に耽るよりも――。
P346~347 「半時間」
あんたが私のものになってくれたことはなかった。
これからもないでしょう、多分。
二言三言、僅かの近づき、そう、昨日のバーでのように。 それだけです。
悲しいけれども、あきらめてます。
でもミューズに仕える私めは、時にはこころの力だけで、
身体の悦びにごく近いものを創れることもあるのです。
むろん短い時間。
昨日のバーもそれでした。
アルコールの情けを借りて、
半時間、まったくエロス的なひとときでした。
わかってらしたのだと思います。
わざと少し長く残ってくださいましたね。
とてもありがたかったです。
いくら想像力があるといっても、
いくらアルコールの魔法があるといっても、
あなたの唇を目にしなければ――、
あなたの身体が傍になくては――。