◆平成二十三年三月六日夕刻
ラブとクロを連れ、湯の川に散歩に出た洋一は、異
様な行動をとる犬を発見する。
犬は、波打ち際をくるくると回っている。
時々昆布の切れ端を口に入れては吐き出している。
急いでラブとクロを連れ家に戻る。
洋一「聖子、大変だ。海に様子のおかしい犬がいる。
いっしょに、来てくれ!」
聖子「おかしな犬って?」
洋一「よたよたしながら、ただくるくる回っているばか
りなんだ。きっと、目が見えてないと思う。」
聖子「目が見えてないの。それは大変、わかったわ。
すぐに行くわ。」
洋一「急いでくれ!」
二人で走って、犬のいる浜辺に行く。
相変わらず、何かを口にしては吐き出し、その場を
くるくる回っている犬を見つける。
洋一がすぐ近くまで行く。
洋一「やっぱり目が見えてない。」
聖子は黙っている。
洋一「どうやら、耳も聞こえていない。かなりの老犬の
ようだよ。」
二人でしばらく犬の様子を見ている。
聖子「保護するしかないわね。」
洋一は、返答をためらう。
今の状況でまた犬が増えることへの不安がそうさせ
ていた。
しかし、洋一は意を決する。
洋一「そうするしかないよな。」
目も見えず、耳も聞こえず、歩くのもやっとのこの
犬が、どうしてこんな海辺にいるのかわからなかっ
た。
聖子「捨てられたのかしら。」
洋一「わからない。でも、首輪はしている。迷って来た
としたら、どこから?この犬、目が見えないのに
・・・。」
二人は犬を保護し、自宅に戻る。
とにかく餌と水をやる。
犬はよほどおなかをすかしていたのか、むさぼるよ
うに餌を食べている。
その様子を見ながら、洋一も聖子もこの犬を飼う決
意をする。
洋一「家で面倒見るしかないよな、この犬。」
聖子「そうね。ちょっと大変だけれどね。」
苦笑いをしながら、洋一が言う。
洋一「明日、保健所に連絡してみる。もしかしたら、飼
い主が探しているかもしれないし・・・。」
聖子「そうね。そうして。お願い。」
◆館岡家(居間)
慌てて玄関を開け、洋一が居間に入ってくる。
満面の笑みを浮かべて、
洋一「聖子、見つかった。この犬の飼い主、見つかった
ぞ。」
聖子「本当!よかった!」
洋一「保健所に電話を入れたら、犬がいなくなって、困
っている人がいるって聞いたので、さっそく連絡
をしてみたら、この犬に間違いない。首輪の色や
特長、すべて一致する。やっぱり目も耳も聞こえ
ないかなりの老犬だそうだ。」
聖子「どこの人?」
洋一「高盛町、函館バスセンターの近くらしい。飼い主
の方が、お年寄りらしいのでこちらで届けること
にしてきた。すごく喜んでいたよ。」
聖子「それは、よかったわ。」
洋一「さっそく、これから届けてくる。聖子も一緒に行
くかい?」
聖子「そうね。一緒に行くわ、私も。」
二人で犬をゲージに入れ、高盛町に向かう。
老犬の飼い主(おじいちゃん)は、外に出て待って
いる。
犬を見て、飼い主が駆け寄る。
喜びを体いっぱいで表し、老犬の頭を撫でている。
その様子を見つめ、洋一と聖子の目に涙が浮かぶ。
一人暮らしの老人が、大切にして飼っていた犬であ
る。
◆自家用車(帰宅途中)
洋一「これが喜びだよな。これが、生きがいだよな。」
聖子「そうね。」
洋一「こういうことがあると、この活動を続けてきてよ
かった、本当によかったと思えるよな。」
聖子「そうよね。おじいちゃんもすごく喜んでいたし・
・・、それよりあの犬、本当に飼い主のもとに帰
ることができてよかったわ。それがあの犬にとっ
て一番の幸せよ。」
洋一「それにしても、高盛町から湯の川の海岸まで、目
も耳も聞こえないあの犬が、車にも轢かれず、波
にもさらわれず、よく湯の川の海岸まで辿り着い
たって、奇跡だよな。それも、三日間もさ迷って
だぞ。」
聖子「信じられないわね。」
洋一「とにかくよかった。本当によかった。」
聖子「せっかく、我が家の犬になるかなと思ったのに、
ちょっぴり残念よ。でもあの犬にとっては、やっ
ぱり飼い主が一番よね。」
洋一「家の犬や猫も、そう思ってるかな。」
聖子「そうに、決まっているでしょ。」
(「函館ワンニャン物語 ⑬」へ続く・・・)