日本芸術院の会員選考に関する改革案が概ね纏まりました。この件の端緒(の一端)を開いたのは私でして「ようやく、ここまで来たか」と感慨深いものがあります。非常にザックリ言うと「芸術界でポストを得るためにカネが飛び交う構図に歯止めを掛ける」という事です。これについては、私が映像で解説しています。以下を読みこなすのが辛い方はこちらをどうぞ(日展日本芸術院)。

 構図としては、芸術界の頂点に大御所が集う日本芸術院という文化庁の特別の機関(つまり国の組織)があり、そこから広がるピラミッドの役割を果たすのが公益社団法人日展というものです。元々、日展は官展だったのですが、1957年(!)にその腐敗ぶり、日本芸術院との癒着ぶりを国会で叩かれて日展は社団法人化します。ただ、その後も日本芸術院会員を頂点とするピラミッド構造とおカネが飛び交う構図は変わりませんでした。大まかに言って、日展入選→日展特選→日展審査員→日本芸術院賞→日本芸術院会員(→文化勲章)と登るレースが繰り広げられ、日展入選100万円、特選1000万円、日本芸術院会員1億円と言われる相場観がありました。

 

 そのような中、2013年秋に朝日新聞が1面大スクープを打ちます。日展5科「書」の分野で、日本芸術院会員である日展顧問が入選枠の配分を行っていた事が明らかになりました。勿論、金銭の授受ありです。この不正審査報道は大激震であり、当時の下村文部科学大臣は「徹底的に膿があるなら出し切って」とまで言っています。

 

 その後、かなりの紆余曲折があった中、日展改革が進みます(日展内部から相当な邪魔が入った事を窺わせました)。入選、特選のためにおカネの授受はダメだとか、それまで慣行化していた「(審査員による)下見」はダメだとか、その他色々な改革が行われました。下見というのは、お金を払って下見会に作品を出して、本番で審査員をやる方にOKを貰ったら、日展本番で入選といった悪しき慣行です。私は現職時代、これをずっと追っていました。最前線に居たものとして、当初担当官庁は結構、厳し目の答弁をしていました(特に公益法人担当の内閣府はコンプライアンスの観点から日展に厳しかったです)。

 

 しかし、ある時から潮目が変わりました。私は国会で継続的に質問していたので、その変化に「あれ?」と拍子抜けしたのを覚えています。特選を目指す方が、(表向き日展とは無関係の名目で)審査員予定者に渡すカネの取り纏めをする。審査員予定者が、正式任命の数日前に「錬成会」という名で事実上の下見会を行う。こういった情報提供があり、文化庁や内閣府経由で事実認定自体はしました。どう考えても、日展改革を脱法的にかいくぐる行為でありアウトだと思うのですが、これらはすべて「お咎めなし」との答弁が返ってくるようになりました(質問答弁)。「日展改革」は、脱法行為によってかなり骨抜きになり先祖返りしています。上記の質問主意書のやり取りを見ていただければ分かりますが、下村大臣の「膿を出し切って」という精神のかけらも無くなっています。

 多分、私がしつこく日展(+後述の日本芸術院)を追っているのを問題視した芸術界の一部の大御所達が、(恐らくはカネの力で)政治家を動かして、文化庁と内閣府に「程々にしておけ」と影響力を行使したのだと私は見ています。

 ここまで日展の話を書きましたが、実は日展で不祥事があったからと言って日展改革だけやればOKにはなりません。これは日本芸術院を頂点とするピラミッドの一部でしかないので、日本芸術院改革がセットにならないとダメなんです。何故かと言うと、上記で書いた通り、日展入選100万、特選1000万、日本芸術院1億という上納金を前提とするなら、一番上で1億かき集めようとする仕組みを封じないと物事は解決しません。

 何故そんな事が起きるかというと、会員の選考プロセスに問題があるのです。

【日本芸術院令】
第三条 会員は、部会が推薦し、総会の承認を経た候補者につき、院長の申出により、文部科学大臣が任命する。
2 前項の部会の推薦する者は、部会において芸術上の功績顕著な芸術家につき選挙を行い、部会員の過半数の投票を得た者とする。
(略)

 日本芸術院は第一部美術、第二部文芸、第三部音楽・演劇・舞踊でして、カネが飛び交うのは第一部です。そして、第一部は①日本画、②洋画、③彫塑、④工芸、⑤書、⑥建築の6分野からなります。上記の政令を見ていただければ分かりますが、第一部の現会員から認めてもらわないと会員にはなれないのです(現会員の過半数から投票してもらわなくてはならない)。しかも、日本芸術院会員は終身ですので鉄板の権限です。

 ここにカネが飛び交う構図があるのです。日本芸術院会員になりたい方は、現会員に対してひたすら選挙活動をしなくてはなりません。その中で金銭の要求が出て来るのです。現会員は自分がなるためにカネを使っているので、なった後は初期投資の回収をしなくてはならないという悪循環が長年続いてきました(そういう意味で現在の構図は過去の悪習を続けざるを得ないという状況でもあります)。しかも、「部」単位ですので、例えば日本画の方は日本画の現会員だけでなく、他の洋画、彫塑、工芸、書、建築の現会員にも選挙活動をする事が求められます。私はこの「進め!電波少年」の番組を見て、「ああ、音楽(松本明子さん)であっても(当時第三部部長だったと思われる)歌舞伎の中村歌右衛門さんにコンタクトするよう求められるのだ。」といい勉強になりました。

 

(確認できないのですが、現会員が多く住んでいる京都にはそういう選挙活動回りを効率的にやるための「タクシー」があると言われていました。そこに頼むと、最短距離で悩まずに回れるそうです。今でもあるかは知りませんが。)

 

 私は国会質疑を通じて、まず「芸術院会員になりたい方が現会員にカネを渡す」という事に歯止めを入れようとしました。鍵は日本芸術院が国の機関だという事です。調べてみると、日本芸術院会員は非常勤の国家公務員です。という事は、刑法の賄賂罪(贈収賄)の対象になるのではないかと思い、確認させたら正しい事が判明しました。これは日本芸術院会員に周知されているので、現会員は驚きと共に「カネ貰ったら収賄罪」という認識を持ったはずです。

 

 ただ、ここからが難しくて、直接カネを渡すのがアウトになった後、主流になりつつあるのが「現会員の作品を購入する」というものです。これだと賄賂罪は成立しません。昔からこのスタイルはあったのですが、特に近年主流化しつつあります。なので、一流百貨店で行われる現会員による個展は(元々素晴らしい作品を作っておられるので、それを購入する方に加え)、そのような思惑で購入する方もいるため盛況であると聞いた事があります。こればかりは法律の網は引っ掛からないですね。

 

 更に私が国会で追及したのが、「会員選考で外部の目を入れろ」でした。元々日本芸術院には以下のような規定があります。

 

【日本芸術院会員推薦並びに選考規則】
第3条 日本芸術院会員の候補者は、その所属すべき部の会員が推薦するものとする。ただし、部が必要と認めた場合には部外より意見を聴くことができる。

 

 ただ、私の質疑でこの外部からの意見聴取は一度も無かった事が明らかになりました。なので、それに続いて私は以下のように質問しています。

【衆議院予算委員会第四分科会(平成27年3月10日)】
○緒方分科員 (略)広く、在野におられる方も含めて、本当に能力のある方が、今おられる方が能力がないと言っているわけではないですけれども、もっとベースが、幅広い方から選考できるような、そんな仕組みに変えていくべきではないかなというふうに私は思うわけでありますが、大臣、一言お願いいたします。

○下村国務大臣 これは御指摘のとおりだと思います。
 今後、芸術院会員の選考に当たりましては、外部の意見を適切に反映されるようにすることが望ましいため、会員候補者の推薦に当たっては、もともと規定があるわけですから、外部の意見が取り入れられるよう、日本芸術院に検討を求めてまいりたいと思います。

 

 ここまで下村大臣は踏み込んだのですが、この外部の意見反映プロセスは完全に停滞します。この質疑の時から、6年間に亘って何十回も日本芸術院は検討会議をやっているのですが、ついぞ結論が出ませんでした。外部からの目など入れてしまうと、初期投資が回収できなくなると思った第一部の現会員が検討プロセスをブロックしたのでしょう。ここにも上記の日展改革骨抜きで言及した政治の圧力があったと私は見ています(でなければ、大臣が検討を求めたものを6年もシカトする事は無理です。)。

 

 ただ、昨年秋に流れが変わりました。理由は「日本学術会議」です。菅総理が閉鎖的、身内だけで選考している等の批判をしました(単に日本学術会議が嫌いなだけで、後付けの批判だとは思いますが)。そうするとですね、日本学術会議なんかよりも遥かに閉鎖的、身内のみの選考をやっている日本芸術院という組織がある事が浮き彫りになったのです。しかも、そこにカネが飛び交っているとなると看過出来ない状況になったわけです。

 それらを踏まえ、今年2月、日本芸術院会員選考過程の見直しのための検討会議が立ち上がります。精力的に5回の会合をやり、冒頭の改革案を纏めます。日本芸術院に検討を委ねると6年経ってもうんともすんとも言わなかったものが、文化庁が本腰を入れたら3ヶ月で纏まるのです。どれだけ酷い組織なのかがよく分かるでしょう。今後は会員選考に外部の目が入るようになります。また、新たな分野(写真、デザイン、映像、マンガ、映画)が加わります。その他、結構細かい改革がなされます。

 

 非常に大きな一歩です。これで「1億円」の文化が無くなる事を切に願います。特に第一部美術に組み込まれるデザイン、写真、映像といった世界の方々がそういう悪習に染まらず、切って捨てるようになる事を切に願います。「日本学術会議」のゴタゴタがきっかけではありますが、ここまで漕ぎ着けた萩生田文部科学大臣には称賛の声を送りたいと思います。

 最後に一言。何故、私がこんな事を追っていたかというと、日展入選100万、特選1000万円、日本芸術院会員1億といった相場観でカネが飛び交うと、そのお弟子さん達が疲弊するからです。全国で多くの方が芸術活動に頑張っておられます。その師匠さんがこういうレースに参加すると、当然上納するおカネの原資を探さなくてはなりません。結果として、お弟子さん達が金銭的に疲弊する話は枚挙にいとまがないです。日本芸術院というのは、日本の芸術の粋に当たる方が集う場所であってほしい。だから、その選考でカネが飛び交ってはいかんのです。