日英の経済連携協定が「大筋合意」しました。

 自著「国益ゲーム」に書いたのですが、この大筋合意と呼ばれるものには「いい合意」と「悪い合意」があります。いい合意というのは、本当に大筋で纏まっていてあとは細部を詰めるだけというものです。悪い合意というのは、積み残しがあるにもかかわらず、政治的にプレイアップするために大筋合意を発表してしまうというものです。悪い合意をしてしまうと、あとは本合意に向けて、積み残しの細部でどんどん追い立てられて不利になっていきます。なお、後者は日米貿易協定でして、大筋合意してからもかなりゴタゴタして、それを取り繕うために奇妙奇天烈な理屈がどんどん出て来ました。一方、今回の日英経済連携協定は前者であるように見えます。

 全体像が分からないので何とも言えないのですが、公表されている限りですと「日本が英国の足元を見て優位に交渉した」ように見えます。英国は今、EUとの離脱交渉が全く上手く進んでいません。双方が「相手が悪い」と非難合戦をやっています。そういう中、英国としては「EUとは上手く行ってないけど、上手く行っているケースもあるもんね。」という成果を取る事は政治的に価値が高かったはずです。それが日本との経済連携協定交渉でした。つまりは英国の「メンツ」です。

 何処を見てそう思ったかというと、自動車の関税です。EUと同じペースで下げて、2026年2月でゼロになります。ここでポイントは「EUと同じペースで下げる」という事です。EUとの経済連携協定は2019年2月発効で、自動車関税を8年目で撤廃します。今回の協定は2021年1月発効でしょうから、実質的には協定発効後6年目で関税撤廃する事になります。「おたくの事情(BREXIT)でこの交渉をやっているんだから、EUのペースと合わせろ。」という主張して、それを通したという事です。

 「そんなの当たり前だろ」と思うかもしれませんが、そう事は簡単ではありません。日米貿易協定では、日本はアメリカに対して同様の事をやっています。そして、アメリカは日本に対して同様の事をやってくれていません。アメリカのTPP離脱という「おたくの事情」があったにも関わらず、日本は(先に発効している)TPPでの関税引下・撤廃のスケジュールをアメリカにも適用するように求められ、それを飲んでいます。しかも、アメリカ側の関税引き下げはTPPで取り付けたものとは全く見合わないくらいレベルの低いものでした。

 英国との関係では「おたくの事情(BREXIT)で、おたくの関税削減のスタートの時期が日EUと比較して遅れるのだから、そのスケジュールは日EUに合わせろ。」と主張し、アメリカとの関係では「おたくの事情(TPP離脱)で、おたくの関税削減のスタートの時期がTPPと比較して遅れているけども、そこは一切追求しません。そして、うちの関税削減のスケジュールはTPPに合わせます。」となっています。

 英国との関係では、上記の通り「英国側の焦り」があり、そこに日本が上手く付け込んだ感じです。一方、アメリカとの関係では、日米外交全体の中で「アメリカへの借り」が多かったため、アメリカの事情で遅れたものに日本が合わせたという感じです。二国間関係やそれぞれの国の国際関係が色濃く反映されている事を見て取っていただけるでしょう。

 ところで、最後まで課題となった英国チーズの日本への輸出。元々の日本の関税率は29.8%です。ソフト系チーズは、EUに対して20,000トン(初年度)→31,000トン(16年目)の枠を設けて、その枠内での関税を徐々に削減していき、16年目で撤廃するという事にしていました。英国は名産品のスティルトン(ブルーチーズ)をこの低関税枠で輸出する事に拘っていました。しかし、英国に特別枠を設けると「対EU枠+対英国枠」となり過剰だというのが日本のポジションでした。

 最終的には、日EUに基づく低関税枠に余剰がある場合に限り、EU産チーズと同じ低い関税水準を適用するとなったようです。「英国への特別枠は設けない。日EUの枠内で。」と当初から茂木外相は言っており、その発言はきちんと守られました。そこは素直に評価していいでしょう。

 

 ただ、私が不思議なのが、実務的に「余剰がある場合」を判断するのは何時なんだろうという事です。各年度のかなり後半にならないと、EUからどれくらいのソフト系チーズの輸入がなされていて枠の余りはどれくらいなのか、そして、英国産にどれくらいの枠を出してあげられるのか、なんて分からないはずです。となると、まず年度初めの4月の段階でスティルトンを輸入しようという業者など居ないはずです。低関税が適用されるのかが分からないからです。仮に輸入して国内販売するとしても、低関税を前提とした価格設定は出来ないでしょう。

 

 そもそも、この「余剰がある場合」に低関税となると、税の仕組みとして戻し税になるのではないかと思うのです。低関税が適用だと分かればその分は輸入業者さんに戻すみたいなイメージです。そんな状況では、「余剰がある場合」が確定的となる年度末しか、低関税の安いスティルトンは輸入されてこないのではないかという懸念がどうしても出て来るのです。

 この程度の懸念は農水省や財務省のプロは重々分かっているはずです。今後、詳細を詰めると言っているので、こういうおかしな事にならないような良い仕組みを考えてほしいと思います。私、ブルーチーズが大好きでして、フランスのロックフォール、イタリアのゴルゴンゾーラ、デンマークのダナブルーと並んで、英国のスティルトンも好きです。日本で安価で楽しめるようになってほしい所です。