英国との自由貿易交渉が始まるようです。英国国際貿易省のサイトを見ていると、以下のような事が特筆されるかなと思います。

 

・ 繊維・服飾製品をもっと売りたい。

・ デジタル貿易や知的財産権にも強い関心。

・ TPP11に入りたい。

 

 日本と英国との貿易は、日本の圧倒的な出超です。貿易だけですと、毎年6000-7000億円くらい儲けさせていただいています。その一方で、投資については日本から英国への投資が圧倒的でして、英国は日本には投資してくれません。つまり、雑に言うと、日本はモノ売って稼いだお金をたくさん英国に投資しているイメージです。英国全体がそういう国でして、貿易収支は恒常的に赤字です。仮にスコットランドが独立して、北海油田が切り離されたらもうボロボロなくらいです。ただ、金融等を始めとする投資プラットフォームが整っている事から、投資をたくさん受け入れている事で経済を維持しています。

 

(日本はよく「対外純資産が増えた」事のポジティブな面ばかりを見ますが、裏を返すと「あまり日本に投資してくれない」という事です。別に英国のモデルが良いと絶賛するつもりはありませんけども、日本が投資先として魅力を上げていく必要は高いはずです。)

 

 3ヶ月前くらいに、このようなエントリーを書きました。大体、以下のような内容です。

 

・ 日本側の事情: BREXITが成立してしまうと、英国に進出している日本企業の競争力が下がる(特に自動車と金融)。英国との自由貿易協定が遅くなると、先に成立した国との関係で後れを取る。

・ 英国側の事情: 英国の競争条件悪化により、英国に進出している日本企業に逃げられたら困る。あと、BREXIT後でもきちんと世界との通商関係を維持できている事を見せたい。

 

 英国側の事情として、多分、BREXIT後も「きちんとやれている事」を示すのが大事なのだと思います。なので、アメリカや日本との交渉を大事にしているのでしょう。ただ、上記のエントリーにも書きましたが、全体として「英国がEUとどう纏まるかが分からないと、日本としても妥結のしようがない」部分がかなりあります。

 

 例えば、金融分野では、EUにシングルパスポートという仕組みがあります。EU内の何処かで免許を取ったら、他の国での営業も認めるというものです。そして、日本の金融機関はロンドンで免許を取って、欧州諸国に展開しているケースがかなり多いです。英国に対して「あんた方、きちんとシングルパスポートを維持して来ないのなら、うちの国の金融機関はフランクフルトか、パリに行くよ。」と言って圧力を掛けざるを得ません。些細な事かもしれませんが、数年前キプロス(EU加盟国)という国に行ったら、「BREXITが成立したら日本の金融機関はうちに来ないか。うちの制度はほぼ英国をベースにしているからやりやすい。」とアピールされました。英国と似た制度のキプロスで免許を取って、そこからEUに展開しないかという事です。このように英国進出企業を引っぺがして、うちに誘致してやろうとする動きはたくさんあります。なので、日本の金融機関に引き続き英国で営業してもらうために、英国はEUに頭を下げて「シングル・パスポート維持して」と言わざるを得ないという構図です。ちょっとしくじると、ガサっと英国への投資が減退します。前記の通り、英国はモノで稼げない分、投資でカネを呼び込んでいるわけですからここは深刻です。

 

 あと、繊維・服飾系というのは、「ブランド品ビジネス」を念頭に置いているのかなと思います。日本はフランスやイタリアとの間では、圧倒的に入超です。イタリアとの間では最近は加熱式たばこの輸入が爆発的に増えているのが特筆されますが、元々フランス、イタリア共に「服」、「バッグ」等の輸入がかなり多いのです。私も昔は(無駄に)ジョルジオ・アルマーニのスーツばかり着ていたのを思い出します。イギリスにも良いブランドはたくさんあります。バーバリー、マリー・クアント、ダンヒル、アクア・スキュータム、ポール・スミスetc...。そういうブランド品での勝負で少しでも貿易赤字解消につなげたいという事なのかもしれません。そう言えば、バーバリーは(日本の代理店であった)三陽商会とのブランド戦略のずれから同社とのライセンス契約を終了させて以来、少し縁遠くなりましたね。

 

 英国は食料品のブランド化にも失敗しています。これだと農産品の貿易でも劣勢に立たされます。元々、英国での食事というと「マズい」という印象が植え付けられていましたが、30年前くらいに良いチャンスがあったのです。1990年台前半、林望さんの著書「イギリスはおいしい」がベストセラーになった時はチャンスでした。ここを逃したのが大きかったですね。今でも「マズい」印象がどうしてもあります。大体、Googleで「英国 食事」と検索したら、一番最初に「まずい」と出る段階で負けています。なお、駐日大使館は「A Taste of Britain」キャンペーンを張っている事は特記しておきます。

 

 もうちょっとブランド化を頑張ったらいいのに、といつも思います。例えば、英国南部サマーセット地方で作る本当のチェダーチーズは結構美味しいのですけど、今やアメリカ産のへんちくりんなチーズはすべてチェダーを名乗っています。もはやブランドとは言えません。フランスやイタリアが地理的表示という概念でブランドを守ろうとした時に、英国は放置していたんだろうと思います。是非、もう一つのブランド「スティルトン(ブルーチーズ)」では頑張ってほしいと思います。ビールだって結構良いものがあるのに、日本市場においてはベルギーやドイツあたりにボロ負け中です。

 

 ちょっと話が飛びましたけど、最後に「TPP11に入りたい」というのはなかなか面白いです。TPPのような面で行う自由貿易は、加わる国の数が増えれば増える程効果が高くなります。多分、EUから外れる英国は一ヶ国毎に交渉するよりも、面で成立している自由貿易の枠組みに入る事で省力化したいのでしょう。英国が「環太平洋諸国」かと言われると全然違いますが、リズ・トラス国際貿易相が表で「入りたい」と言っているわけですから、日本との交渉が纏まったらその勢いで英国をTPP11に入れる事は真面目に考えていいと思います。

 

 そんな事を考えていました。BREXIT後、事実上最初に英国が経験するEU域外との自由貿易交渉ですから、非常に面白い交渉になると思います。日本は脅したり、じらしたり、急かしたりしながら、良い成果を取ってきてほしいと思います。

 

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