形式上、BREXITは成立しました。実質的にはこれから年末までに行われる貿易交渉によって完了します。この貿易交渉について思う事を書いておきます。ただ、分かりやすく説明するために、一部正確性を脇に置いている部分がある事をご理解ください。

 

 まず、通商の世界では「みんな平等」が基本です。あなたに関税下げたら、すべての人に平等に下げますという事です。これを①最恵国待遇と言います。

 

 これには例外があります。お互いに国境の垣根(関税)を取り払う所まで自由化するのであれば、「みんな平等」じゃなくてもいいよという事です。これは2パターンありまして、②自由貿易地域、③関税同盟です。②は「お互いの貿易で垣根を取り払う」、③は「お互いの貿易で垣根を取り払い、かつ、第三国に対しても歩調を合わせる」という事です。なお、TPPを始めとする日本が締結しているFTA/EPAはすべて②です。そして、今のEUが③です。

 

 EUがBREXITを望んだのは、③である事によって、(ア)移民が来たりするのが嫌だ、(イ)制度の調和を要求されるのが嫌だ、(ウ)第三国との関係が制約されるのが嫌だ、という理由でした。そして、英国は②の関係に移る事を志向しています。ただ、完全に②になってしまうと、英国はとても損をします。大きいものを幾つか挙げておくと、「原産地規則」や「金融サービスのシングル・パスポート」みたいなものがあります。

 

 英国で部品を作り、大陸側EUで完成品にして日本に輸出する商品があるとしましょう。英国がEU加盟しているのであれば、日・EUのEPAによって関税はゼロです。これはEU内で原産地規則が統一されているからです。②になると、この構造が壊れる可能性があります。英国で作った部品は、EUの外で作ったものですから、EU内の原産地規則が適用されません。なので、もしかしたらEUから日本に輸出する時に、英国産部品の比率が高いとEU製品とは見なしてもらえずに、日本に輸出する時に関税がゼロにならない可能性があります。面でやる自由貿易協定を切り刻んでしまうと、こういう事が起きるのです(TPPと日米貿易協定の関係に似ています)。結果として、英国から産業が出ていくという事になりかねません。

 

 また、EUでは、何処か一つの国で金融業の免許を取ると他の国でも営業ができるというシングル・パスポートの仕組みがあります。ただ、これも英国がEUから外れると、シングル・パスポートの適用が無くなるという事になります。日本の金融機関はロンドンのシティで免許を取っている事が多いのですが、この適用が無くなる事を想定すれば、フランクフルトあたりに逃げ出したくなります。

 

 こういう所で、英国は「原産地規則の中に入れてくれ。シングル・パスポートも適用してほしい。そして、うちにデメリットがないようにしてほしい。」とEU側との交渉で主張するでしょう。しかし、EU側からすれば「そういうメリットに与りたいのなら、一部、③の枠内に入ってもらえなければ困る。」と言うでしょう。貿易関係では②に後退するのに、③→②で失いかねないものは残してくれと言われても、EU側は受け入れられないはずです。

 

 簡単に言うと、③から「②のいいとこ取り」に移行しようとしている英国に対して、EUは「今後も『②+α』の恩恵に預かりたいなら、②のすべてのみならず、③の一部を受け入れろ。」と言ってくるという事です。政治的な事情を言うと、ここでそんないいとこ取りを許してしまっていたら、EU各国が抱える分離独立運動に拍車をかけるおそれがあります。バスク、カタロニア、コルシカ...、色々とありますからね。メルケル、マクロン等のEUの首脳の発言を聞いていると、「出ていくヤツに追い銭なんか渡さない。」という思いが伝わってきます。

 

 そして、交渉が膠着してEU・英国間で何の合意も成立しなければ、その関係は①にまで引き戻されます。貿易ルール上、EUにとっての英国は相当遠くなります。中国以下、イラン以上くらいの位置まで遠ざかります。その状態になってしまう事は、EUにとっても、英国にとってもマイナスです。

 

 これからは「お互いに突っぱね続けると、お互いにマイナス」である(つまり①になる)状況を分かりつつ、上記のような事情から、「いいとこ取りさせてくれ」という英国と、「追い銭は渡さない。渡してほしければ③の一部を受け入れろ。」というEUとのチキン・レースだと思います。そして、このチキン・レースの姿が見えて来ないと、日本と英国との貿易交渉など纏まるはずがありません。ジョンソン政権は日本やコモンウェルス諸国との交渉を優先すると言っていますが、それは「別れ方」を見てからでないとやれないわけです。

 

 ジョンソン首相は、トランプ大統領張りの「制裁関税」の活用を示唆していましたが、あれはアメリカという超大国がやるから可能であるだけで、市場がそこまで強大ではない英国でそれをやっても「勝手にどうぞ。困るのはあなた。」にしかなりません。直感的には、今後の英国・EUの交渉は英国の方が弱い立場で交渉する事になるでしょうね。私がEU首脳なら、結構突き放しモードで交渉するでしょうから。

 

 分かってやっているんですかねぇ、英国は...。