憲法改正について、今起こっている事の幾つかがおかしいような気がします。 

 

 まず、憲法改正を議論するのは、憲法が国民に与えた権利です。なので、改正を提起する事自体を批判するのは適当ではありません。批判の対象は、あくまでも改正案の中身であるべきです。そして、憲法第99条に「憲法尊重擁護の義務」という規定がありますが、憲法改正との関係で言うと「クーデターのような手法で改正してはいけない」という事です。憲法第96条の改正手続きに則った改正を提起する事は、尊重擁護義務に反するものではありません。

 

 しかし、改正すべきでないという主張も当然、憲法が国民に与えた権利です。その主張に基づいて、何らの改正案も出さない事自体は批判の対象とすべきではありません。批判として提起してもいいのは、改正しない事による問題点です。

 

 日本国憲法が予定する議論のあり方としては、「改正案を出す」事も「出さない」事も対等の立場のはずです。この基本的視座が今の日本では失われがちです。改正を目指す事自体を「けしからん」と批判するのも、主張に基づき何の改正案も出さない事を「対案が無い」と嘲笑ったりするのも、いずれも健全ではありません。

 

 そして、「案」についても対等であるべきだと思います。

 非常に誤解されがちですが、一切の改正不要とする立場の方は案を持っています。「今の憲法のまま」という案です。条文としてすべて存在しているので、最も具体的な案と言えるでしょう。この「今の憲法のまま」という案に対して、対等の位置に立つためには、改正を目指す方は具体的な案を出すべきです。そこでようやく立ち位置が対等になります。

 

 残念ながら、憲法改正を目指す政党からは「考え方」は何度も聞いた事がありますが、まだ、正式な組織決定を経た案は出て来ていません。例えば、自由民主党の憲法改正推進本部のサイトを見てみると、一番最近、具体性を持った考え方を示そうとしたのは平成30年3月のこのペーパーです。平成30年3月に議論の状況を取り纏めた後、1年半経っているのですが、具体的な改正案に結実していません。

 

 日本の憲法改正に関する論壇においては、改正派の方々が護憲派に対して「対案を出すべき」と主張する事が多いようですが、現状を注視してみると「今の憲法のまま」という具体案に対して、改正派の先頭に立つ自由民主党の方々がきちんと具体案を出さないと、議論のスタートに立てないと思うわけです。漏れ聞こえる所では、前記の取り纏めペーパー以降、党内で具体案のコンセンサスが得られないので、考え方の段階で止めているとの事のようです。しかし、党内すら取り纏められない状態で、憲法改正を進めようと言っても誰も相手にしないと思います。

 

 例えば、「今の年金制度は改正すべき」と主張する勢力が、具体案を持つ事なく、漠然と「より負担が公平な年金制度にすべき。」という考え方だけ述べて押してきても、政府・与党は相手にしないでしょう。それと同じです。「考え方」だけで改憲を訴えても、「今の憲法のまま」という案を持っている方からすれば相手にする道理はありません。

 

 そして、具体案が出てくれば対等の立ち位置に立つわけですから、他党は議論にしっかりと応じるべきでしょう。

 

 今日のエントリーは、中身に立ち入る事なく、あくまでも「議論の作法」に関するものだけです。私の憲法改正に対する考え+具体案は徐々に書いていきます。自由民主党の「考え方」の中には、賛同するモノ(89条改正)、ゴールは共有するけど論理は全く共有しないモノ(合区解消)、全く気乗りがしないモノ(緊急事態条項)、何がしたいのかよく分からないモノ(9条加憲)とそれぞれありますので。