対韓国への輸出管理強化について、「純粋にWTOの通商法で争ったらそう簡単には勝てない。むしろ、勝率は50%を切ると思う。」と厳し目のトーンで2本のブログを書きました()。

 本件に関するブログ等を見ていると、官僚出身のコメンテーターや学者が政府バージョンの「大丈夫」といった説明を得意気に流しているものが多いです。ただ、それを読んでみると、在職中に貿易管理や通商政策をやった事がないんだろうと思われるものが大多数です。今回の件は、技術的には軍縮管理、外為法、通商政策の3つを理解している必要があります。その内、どの分野にも深い素養が無いのに「コメンテーター」をやれるってスゴいよなと思います。

 

 かく言う私も、軍縮管理関係は配属された事がないため、そこまで強くありません(正直に言っておきます)。なので、上記のブログでも現行の軍縮管理の制度について一切疑義を唱えたりはしていません。そこを所与の物としたうえで論を進めています。「合法的に成立している輸出規制の枠内の話」、「優遇しているものを元に戻しただけ」、「韓国が信頼を失墜させる行為をした」、よく読んでいただければ分かりますが、そのどれにも一切チャレンジしていません。

 

 そして、今回の輸出管理強化の合法性を競い合う場として唯一存在しているのがWTOの紛争解決処理なので、そこにフォーカスを当てて書いています。もう一度、非常ににざっくりと書くと「GATT21条の安全保障例外の規定に引っ掛けにくい(『勝てるか?(その1)』)」、「輸出管理制度が正当に成立しているとしても、その運用の恣意性は通商法上問われる(『勝てるか?(その2)』)」という事です。

 

 安心材料として、政府バージョンの説明に飛び付きたくなる気持ちは分かります。しかし、そんな説明を聞いていて留飲を下げる事は意味が無いのです。それは自慰行為の域を超えません。つい最近、自慰行為をやり過ぎて、韓国による水産物規制の紛争解決に負けた事を忘れてはいけません。

 

 正にここが危機管理の要諦でして、韓国はそういう点では非常に冷徹な判断をします。政府の公式説明を聞いても、それに納得せず追求すべきを追求する文化が日本よりも進んでいます。最近、日本社会に「都合の悪いものは見ない」という意味での自慰行為が蔓延しているように思います。危機管理としては最悪の状態です。「都合の悪いもの」こそ積極的に見る文化を醸成する事が国家としての危機管理能力を高める事に繋がるはずです。

 

 では、今後についてですが、私は半導体材料の輸出を個別許可にする件と、汎用品輸出のホワイト国除外は分けて考えた方がいいと思います。後者は、現在、パブコメが行われていますが政令改正事項です。今回のような経緯で改正すると、次、また、ホワイト国に戻そうとする時には再度同様の政令改正手続きを要するわけで、実際にはもう戻せないでしょう。逆に前者の個別許可の件は行政裁量の幅が大きいです。日本の経済界の利益を考えた時、後者のホワイト国除外の実際の発動についてはもう一度立ち止まる必要があります。

 

 では、今回の輸出管理強化によって、日本は何を得ようとしているのかというと、恐らくは「いわゆる徴用工問題に関して、日韓財産請求権協定の仲裁手続きに入れさせる事」だと思います。それ以上に「徴用工問題で『私が間違っていました』と自発的に認めさせる事」までは、政権として現時点では念頭に置いていないでしょう。それは無理だと分かっているはずです。

 

 私自身、このいわゆる徴用工問題については仲裁手続きに入って白州の場で白黒つけるべきだと思っています。かつ、この条約については元外務省条約課課長補佐として直接の担当だったので、仲裁手続きではきちんとやれば(輸出管理強化をWTO紛争解決で争うよりも)勝てる可能性が遥かに高いと確信しています。なので、韓国をこの仲裁手続きに引きずり出す事を一番の政策目的とすべきでしょうし、多分、そうなっているんじゃないかなと思います。

 

 となると、韓国政府とその話を付けなくてはなりません。私が一番心配しているのは、その「裏ルート」が存在しているのかどうかという事です。「ホワイト国除外については、いわゆる徴用工問題に関する日韓財産・請求権協定の仲裁手続きを受けるのであれば発動しない事を検討する。」というメッセージを持って、韓国側と裏協議をするルートがあるかなと思います。本来であれば、こういう時に活きるのが議員外交のはずであり、率直に言うと公明党ルートがいいんじゃないかなと思います(同党の中韓へのルートは時折、かなり驚かされます。)。ただ、参議院選挙で忙殺される中、政権内でそういう可能性が追求出来ていないのではないかと懸念します。

 

 大体、私の目から見て上記のような感じに見えているわけですが、最後に一言。

 

 今回の日本の採った措置は、アメリカのスーパー301条と(細かくは違うものの)その本質において似ているという事は指摘しておきたいと思います(スーパー301条についての私のエントリー)。簡単に言うと、スーパー301条というのは(WTO協定上違法な制裁発動の)脅しを入れて相手の態度を改めさせる手法です。発動前に相手が態度を改めると、結果としては制裁は発動されていないので、何らの違法性も無いという事になります。かつて、日本はスーパー301条のアプローチに激しく反発してきましたが、近年はトランプ政権に配慮して若干宥和的でした。今回のケースを見て、「もう、日本はスーパー301条的アプローチに文句は言えなくなったかもな。」と思いましたね。