日本が韓国に対して、輸出管理の強化を発表しました。経済産業大臣は「対抗措置ではない」と言っている一方で、官房長官は「信頼関係が無くなった事が理由」といった趣旨の事を話していて、どうも政府部内で整理が十分に付いていないように見えます(信頼関係が無くなったのが理由ではあるけども、対抗措置ではないという理屈が不可能ではありませんが)。

 

 何をするかというと、①半導体の材料となる3品目の輸出について、これまでは包括的に許可していたが、今後は貨物毎に許可を出す、②いわゆる汎用品(軍事用に『も』使えるもの)の輸出で、これまで韓国は許可なしで輸出出来ていたが(ホワイト国)、今後は許可が必要な国へとグレードを下げる、という2点です。

 

 政治・外交上の様々な駆け引きの話があるので、なかなか難しいのですが、自由貿易との関係で、GATT/WTOの通商法上はかなり危ない手法だと思います。私の感じでは「WTOの紛争解決まで持ち込んだ時に勝てる可能性は5割無いんじゃないか。」という所です。

 

 まず、安全保障による例外だと日本は主張しています。たしかにGATT21条には自由貿易の例外として「安全保障例外」があります。以下の記述をする際に必要となる部分だけを抽出します。

 

【GATT21条】

この協定のいかなる規定も、次のいずれかのことを定めるものと解してはならない。
(略)

(b)締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める次のいずれかの措置を執ることを妨げること。
(略)

(ii)武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接又は間接に行なわれるその他の貨物及び原料の取引に関する措置

(iii)戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置

(略)

 

 そして、日本は(b)(ii)を根拠規定として安全保障例外を発動しようとするのだと思います。この(ii)は読みにくいのですが、法令用語の読み方として以下のすべてを含みます(「及び」と「並びに」の使い方からしてこれ以外の読み方は不可能です。)。

 

- 武器の取引に関する措置

- 弾薬の取引に関する措置

- 軍需品の取引に関する措置

- 軍事施設に供給するため直接又は間接に行われるその他の貨物の取引に関する措置

- 軍事施設に供給するため直接又は間接に行われるその他の原料の取引に関する措置

 

 つまり、これらに該当する措置で、日本が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認めるものであれば、GATT/WTOの自由貿易ルールの例外としてもいいとなっているという事です。

 

 一見して、「(今回の規制対象となった物品は)軍需品だろ?」と言いたくなります。日本語ではそう思いたくなるのですが、正文たる英語では「implements of war」です(勿論、日本語は正文ではありません。)。半導体の材料や(目的や使途が武器用でなければ)普通に日常生活でも使う品を「implements of war」と言えるかというと正直なところ疑問です。

 

 また、別の方法として「軍事施設に供給するため・・・の原料」という規定で、今回規制を掛ける品目を読み込もうとする事も可能に見えますが、この目的部分は「for the purpose of supplying a military establishment」です。表現としてはかなり限定的です。GATTの規定自体は「軍事施設に供給する可能性もあるような・・・原料」とはなっていないという事です。そして、当然、「軍事施設に供給」しているか否かの挙証責任はすべて日本に来ます。結構、苦しいんじゃないかなという気がします。

 

 ただ、こうやって書くと、そもそも現行の汎用品規制が、古臭いGATTの規定の範疇で解釈しにくいという根源的な問題になってしまいそうなので、これ以上は止めておきます。

 

 話題を変えて、別の論点として「GATT21条の規定をよく読むと、日本が安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認定をすればいいんだろ。日本独自の判断で安全保障例外は決められる。」と思うかもしれません。しかし、最近のWTOのパネル報告書ではそういう解釈は厳に排除されています。

 

 このGATT21条についてはこれまで判例が無かったのですが、今年の4月にWTO紛争解決で最初の判例が出ました。ウクライナからロシアを経由して第三国への貨物について、ロシアが安全保障上の理由から一定の規制を課していました。具体的には、ベラルーシを必ず経由すべしとか、衛星測位システムの付いている自動車・車両でなければならないといった規制でした。ロシアはこの規制を安全保障例外で正当化していました。最終的にはロシアが第一審(パネル)で勝っています。ロシアが引用したのは、ウクライナとの事実上の戦闘状態を踏まえて上記の(b)(iii)ですので、日本と韓国の状況とはかなり異なりますが、ここでのパネルの報告書はなかなか示唆的です。

 

 報告書によると、GATT21条の読み方として、安全保障例外を発動する「必要性」については各国の判断ですが、それが本当にGATT整合的に誠実に判断されたかまでは各国に委ねられてはいません。ジャイアンのように「オレが安全保障例外だと認めれば、それは合法である。」なんて事はありません(ちなみにロシアはそう主張していたようです。)。

 

 そして、「安全保障上の重大な利益(essential security interests)」とは何かと言ったら、パネルは「"quintessential functions of the state"に関わる利益」と理解されるべきものとしています。この"quintessential"という言葉、訳しにくいのです。辞書には「典型的な」となっていますが、それでは全然語感を伝えていません。多分「精髄」みたいな言葉が一番いいのだと思います。変な日本語ですが、「国家の精髄的機能に関わる利益」とでも言うのがいいのでしょう。そして、ロシアの措置はこの「安全保障上の重大な利益」を保護するために必要だと判断されたので、パネルでは勝訴しています。

 

 勿論、日本は今回の措置を「安全保障上の重大な利益(国家の精髄的機能に関わる利益)」を守るためだと主張するのでしょうが、今回の措置発表の際に経済産業省が述べた「日韓間の信頼関係が著しく損なわれた」、「大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」という2つの理由で、WTOのパネリストが納得するかというと私はかなり首を傾げます。

 

 まずは、純粋にGATT21条の安全保障例外規定との関係のみについて記述しました。政治・外交上の文脈については、このエントリーでは一切考慮していません。この対韓輸出規制の話は1回のエントリーで終えるつもりでしたが、長くなりそうなので稿を改めます。なお、誤解は無いと思いますが、私はこの韓国との法戦に勝ってほしいと願っている人間です。