日米通商交渉で、結構、日本が譲歩しているようです。全然どうでも良い事ですが、もう物品貿易協定(TAG)といったバカバカしいネーミングは使わなくなってきましたね。私はもう殆ど交渉は終わっており、あとは発表するタイミングだけになっていると見ています。

 

 昨年9月の日米共同声明では、日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセスの譲許内容が最大限であること、米国としては自動車について、市場アクセスの交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであることを述べた上で、お互いの立場を尊重するとなっています。

 

 幾つか国内に誤解のようなものがありますが、国際法用語で「尊重」とは「順守」ではありません。あくまでも「そう言っている事を尊重する」だけでして、お互いの立場が結果に反映されなくてはならないという意味はありません。過去の外交文書で、「尊重」をそういう意味で使っているものがあります(例えば、有名なものとしてはこの文書の三)。トランプ大統領が「TPPの結果には縛られない」と言っているのを良しとするつもりはありませんが、「日本がそういう立場でいる事を尊重した上で、アメリカとしてはTPPの結果に縛られない」という理屈は大いにあり得るのです。閣僚や政府要人の発言を聞いていると、その間の微妙なモノの言いに徹している事が分かります。

 

 そして、日本はどうしても負け癖が付いているのか見落としがちですが、アメリカにとって日本の自動車産業は怖いのです。日本がアメリカの農林水産品の競争力を恐れるのと同じレベルで、アメリカは日本の自動車産業を恐れているのです。だから、共同声明で並列で書かれているのです。なので、本来のパワーバランスから言えば、農業で日本に押し込もうとするなら、アメリカに自動車で押し込まなくてはならないでしょう。そこでバランスを取るのが共同声明の趣旨であり、それを確保するのが政治の役割のはずです。

 

 ここ数週間の日米通商交渉関係報道を見ていると、直感的にはこのバランスが取れていない形で日本が譲歩しているのではないかと思うのです。仮に農産品で譲っているとしても、自動車で成果を獲れているのであれば、(農業関係者は不満だとしても)全体としてのバランスは維持できていると言えるかもしれませんが、そのバランスすら取れていないので、成果の発表は参議院選挙の後となっているのでしょう。

 

 まず、牛肉については関税撤廃をコミットしていると思います。これまで、日オーストラリアFTAで23.5%、TPP11で9%(16年の削減期間)と下げる事になっています。毎回、与党は「(これ以上下げられない)レッドライン」と言うのですが、今回で2回目のレッドライン切りになっているでしょう。もう「レッドライン」という言葉が安っぽくなっているので、金輪際使わない方がいいでしょう。信じさせられている国内の肉牛農家の方が可哀想です。

 

 スタートラインがTPP11の9%から交渉がスタートしているはずですから、、ちまちまと5%とか3%とかで落ち着いているはずがありません。何処かで撤廃を約束しているように思います(撤廃まで行っていなくても、0%輸入枠の創設をしているでしょう。)。WTOの世界では5%未満の関税というのは、ニューザンス・タリフ(邪魔者関税)と呼ばれていて、大して保護効果もないのに無駄に残っている関税という位置付けです。日本はニューザンス・タリフを残すために頑張っていないと思います。

 

 鍵は「撤廃期間」です。今のTPP11では16年で9%ですが、①16年目まではTPP11と同じペースでやって、その後、アメリカだけ撤廃に向かって走るのか、②アメリカだけTPP11よりも早いスピードで撤廃に向かって走るのか、という事です。①だと当面はアメリカンビーフもオージービーフも同じ削減になり、例えば20年後や25年後の撤廃となるでしょう。②だと、オーストラリアやカナダからTPP11の再交渉を求められます。そして、多分、アメリカは②を要求していると思います。

 

(余談ですが、WTO協定ではこういう通商協定の撤廃期間として妥当なのは「10年」となっているのですけど、最近は誰も守らなくなりました。しかし、TPP11での16年の撤廃期間後、日本がどうなっているかなんて分からないですよね。FTA/EPAを作る時にあまり長い期間を掛けるのは私はあまり好きではありません。)

 

 なお、私は最近「アメリカの選挙と通商交渉」というテーマに凝っているのですが、牛肉については「日本の多く売れるというのは激戦区へのテコ入れという意味合いは比較的低いが、牛肉が売れるというのは象徴的な意味合いがとても強い。」と思っています。テキサス、ネブラスカ、カンザス、アイオワ、コロラドあたりが主要生産州です。とは言え、2016年の大統領選挙で、コロラド(選挙人9人)は5%以下の差でクリントン候補に負けていますし、テキサス(選挙人36人)、アイオワ(選挙人6人)では勝っていますが、その差は10%以下です。気にはなるでしょう。

 

 どちらかと言うと、豚肉の産地の方が激戦区っぽく見えます。2016年選挙でミネソタ(選挙人10人)では5%以下でクリントン候補に負けており、ノース・カロライナ(選挙人15人)、アイオワ(選挙人6人)では勝ったものの前者は5%以下、後者は10%以下です。

 

 そして、コメはそこまでアメリカでメジャーな産品ではなく、民主党ガチガチのカリフォルニア州のサクラメント、共和党ガチガチのアーカンソー州が二大産地です。トランプ大統領から見ると「あまりダイレクトに選挙に響かない」となるでしょう。選挙に直結する豚肉や牛肉と比べると関心は格段に下がります。

 

 また、防衛装備品で大量購入するF-35の最終組立は、すべてテキサス州のフォートワース。日本で最終組み立てをすると値段が高くなるらしく、完成品を購入する事にしたみたいです。フォートワースや周辺での下院選挙の状況を見ていると、共和党が強くはあるものの、民主党が握っている選挙区、2018年には激戦の上共和党が保持した選挙区もありますね。また、F-35の主要部品の生産地として、カリフォルニア州のパームデールがあります。ここは歴史的に共和党が強い地域でしたが、2018年には、激戦の末、民主党に引っくり返されています。正にトランプ大統領の現在の議会での苦境を作り出した選挙区の一つです。トランプ大統領的には取り戻したい選挙区でしょう。

 

 このように日本との交渉は大統領選挙や連邦議会議員選挙とも密接に絡んでいると見るべきです。トランプ大統領は自分の選挙や共和党内での求心力維持にとても意を用いているはずです。トランプ大統領は安倍首相と話す時に、各農産品と選挙区事情が書いてあるペーパーを置いていると報じられていました。多分、上記のような話が簡単なメモになっているのではないかなと思います。

 

 次回は「誰も気付いていないアメリカとの密約」の話を書きたいと思います。日米通商交渉において、よく目を凝らしてみるとバレバレの密約があるのです。