最近、種子法廃止についての議論を耳にする事が増えました。「タネ」について関心が高まる事はとても良いです。

 

 ただ、あの種子法ですが、そこまで大した法律では無いのです。都道府県による奨励品種決定のための試験、その原原種および原種・一般種子の生産、圃場審査等が定められていたものです。しかも、対象はコメ、麦、大豆のみです。多分、現代においてはあの法律が無くても、種子の開発、生産は行われるでしょう。法に基づく予算措置については、これまで地方交付税で手当てされていましたが、これからも何らかの形でされるでしょう(そもそも、地財措置程当てにならないものはありませんが)。また、外資を始めとする民間企業が、これらの種子業界を席巻して食糧高騰に繋がる事も、種子市場の現状を見ればないだろうと思います(例えば、アメリカからの年次要望書で種子法廃止が出てきたことはありません。)。逆に、種子法による幾つかの不都合があったのですが、政府答弁を聞いている限り、それは運用で対応出来た話だろうとも思いました。

 

 つまり、この法律があるからと言って何かが強力に推進されるというものではなく、逆に廃止するぞと意気込んでやる程のことも無い、そんな印象です。なので、廃止に際しての農水省の説明は要領を得ないし、多分、内閣府の規制改革部門あたりが実情をよく知らないまま「改革」の成果にしたかっただけじゃないかなというのが率直な感想です。

 

 実は種子法廃止をきっかけに盛り上がっている議論の大半は、種子法に関するものではなく、タネ一般に関する種苗法のあり方です。場合によっては、種苗法関連ですらないものも、種子法廃止反対の論拠に挙げられている事があります。ただ、何度も言いますが、種子法廃止を契機に「タネ」に注目が集まるのは良い事だと思います。

 

 ここからが今日の本題です。最近、殆ど注目されていませんが、生物のゲノム編集についての重要決定が環境省や厚生労働省でなされています。今年の8月に環境省の有識者検討会で最初に方針が打ち出され、先般は厚生労働省の委員会でも同種の方針が取り纏められました。

 これは何かと言うと、ゲノム編集で、遺伝子を切っただけものについては「遺伝子組換え」に当たらず、また、食品の安全審査からも外すという事です。細胞外で作成された遺伝子を組み込む時だけが遺伝子組換えと整理されています。遺伝子が切れたり、破壊されたりする事は自然状態でも起こる事なので、それを規制するのはやり過ぎである、との指摘もあるそうです。ただ、届出制にして国は情報管理だけはするという事になります。

 

 この遺伝子の一部を破壊する事で開発が進んでいるものとしては、成長のいいマダイ、収量の多いイネ、健康に良いと言われるGABAを多く含むトマト等があります。これらはすべて遺伝子組換えには当たらないという事になります。詳しくはココを見ていただければ、と思います(とても良い番組です)。

 

 私は、こういう技術が進んでいる事はとても素晴らしい事だと思います。ただ、門外漢として「新しい遺伝子を組み込むと『遺伝子組換え』だけど、既存の遺伝子を壊すと『遺伝子組換え』に当たらない。」という理屈がピンと来ません。英語で言えば、いずれも「Genetically Modified」のはずです。実際、米豪はゲノム編集技術は規制対象から外すとする一方、欧州司法裁判所は既存の遺伝子組換えの規制に含めるべきとの判断を出しています。

 

 今後、論理的には、「遺伝子組換え」に当たらないと整理が付くのであれば、食品における表示も不要という事になるでしょう。私は遺伝子組換えにせよ、ゲノム編集にせよ、それを否定するつもりは毛頭ありません。ただし、「どんなに安全性が証明されていると言われても、やっぱり嫌だ。」という方が多いのはよく知っています。政治姿勢として「選べる権利」を保障するのが政治の役割だと思っています。

 

 現在の遺伝子組換えの食品表示の規制は、「遺伝子の配列そのものが壊れてしまうくらい加工してしまうのであれば表示の義務はない。」、「加工食品で使用される原材料の上位3位に入ってこないのであれば表示の義務はない。」、「全体の5%未満であれば表示の義務はない。」となっていて、大豆にしても、トウモロコシにしても、日本における消費の大半が輸入の遺伝子組換えであるにもかかわらず、食品表示で「(遺伝子組換えを含む)」となっているものはほぼ皆無です。スーパーで色々と食品表示を見てみると、その仕組みがよく分かります。そして、ここに更に「ゲノム編集したものは、そもそも遺伝子組換えですらない。」というのが入ってきます。

 

 しつこいですが、私は遺伝子組換え、ゲノム編集がダメだと言うつもりはないのです。単に選べるようにすべき、だと思っているだけです。そして、その基本は食品表示です。「安いから遺伝子組換え(やゲノム編集)でも全く気にしない」という方も、「少し高くても良いから遺伝子組換え(やゲノム編集)は避けたい」という方も、どちらの方の権利も十分に尊重したいです。もっと言うと、政治が発するメッセージが「安全なんだからゴチャゴチャ言わずに食え」となってはいけないと思います。

 

 結構、重要な話であり、国民的関心は潜在的にはとても高いはずですが、あまり注目されませんね。国会では立憲民主党の初鹿議員、長尾議員が本格的に取り上げており、社民党の福島議員も言及しておられましたが、まだ、幅広い関心を呼ぶには至っていないようです。