【今日のエントリーは、盟友福島伸享さんとのやり取りにかなり依拠しています。】

 

 トランプ大統領が主導する形で、アメリカ、カナダ、メキシコの新通商協定(USMCA)が合意されました。トランプ大統領の言葉を借りれば「NAFTA修正(NAFTA redone)」ではなく、新協定です。

 

 なんとなく、トランプ大統領はムチャクチャやっているように見えるでしょう。しかし、実は今のトランプ大統領のやり方は「元々アメリカは今のよう仕組みをある程度志向していた。」と言えると思います。典型的なのは、かつて、ブッシュ父やクリントン政権の時代に有名になった「スーパー301条」です。あれは「他国の貿易慣行を不公正ではないかと思ったら調査に入る。調査の結果、不公正だと認定したら制裁を打つ。」という内容のものでした。大体、当時も「調査」が入る段階でビビって貿易慣行を改めるというのが常でした。トランプ大統領の手法は、それを若干恣意的に運用している事と、脅しが露骨に入ってくる事だけでして、基礎的な構造は昔から同じです。

 

 さて、今回のUSMCAでは、北米での自動車原産地規則が厳格化された(62.5%⇒75%)、自動車生産の一定割合(40%)は時給16ドル以上の労働者によって作られなくてはならない、といった内容の話が入っています。時給16ドル以上の労働者なんてどうやって確認するのだろうか、個々の自動車について検証できるのだろうか、と私個人としては首を傾げてしまいます(実際、どうやって国内実施法を作るかで連邦議会は悩み始めているようです。)。

 

 面白いものとしては、小麦のグレードに関する合意があります。アメリカの小麦農家に言わせると、カナダに輸出すると自動的にアメリカ産は最低価格帯に位置付けられてしまうそうで、これに不満を抱えていました。これを踏まえ、カナダ市場において、アメリカ産とカナダ産は同等に扱う事という内国民待遇の厳格化が盛り込まれていました。面白いなと思いました。

 

 乳製品が過剰気味なアメリカは、カナダの乳製品市場開放を強く求めて来ました。カナダにおける乳製品問題というのは、酪農の中心地であるフランス語圏のケベック州問題とかなり重なる所があります。乳製品で下手な譲歩をすると、(自分達は普段から英語圏に不利な待遇を押し付けられていると思っている)ケベック州に強い遠心力が働く事になります。なので、昔からカナダは乳製品については、関税引き下げという形での自由化よりも輸入枠の拡大で対応する事が常でした。今回、TPPでの輸入枠を超える枠(市場の3.5%)がアメリカに提供されるそうです(とアメリカは言っています。)。カナダ政府は、不利益を被る酪農農家への補助金を提供すると言っています(カネでの解決)。それ以外にも乳製品のクラス分けでの規制がアメリカに不利になっているので、それを改めさせたようなのですが、私はそこまで乳製品産業に詳しくないのでよく分かりませんでした。

 

 あとは米加間で「意外に大きいテーマなんだな。」と思ったのは「紛争解決制度」です。カナダは、木材等に対するアメリカのアンチダンピング課税に苦しんでおり、それを公平な立場から解決するNAFTAの制度を維持する事に懸命でした。アメリカの姿勢は完全にジャイアン状態でして、自国の決定をそのまま押し付けられるように紛争解決制度を失くそうとしていました。さすがに結果としては大きな変化は無さそうです。ただ、アメリカがNAFTA協定に規定された紛争解決制度を潰そうとして来た事は記憶に留めておいた方がいいでしょう(実際、メキシコとの間では廃止されたはず)。

 

 自動車に戻ります。自動車関連ではサイドレターが付されました。通商法の安全保障条項の発動(section 232)で25%の関税を課す場合でも、メキシコとカナダはそれぞれ年260万台までは無税で輸出できることになりました。この260万台という水準は、現在のカナダの自動車生産台数(200万台)、メキシコからアメリカへの輸出台数(180万台)いずれよりも上なので実害はないというのが米紙の論調です。この安全保障条項の発動は、何となく「関税割当」の導入や「セーフガード」の設定と似ています。260万台までは関税を掛けない、それ以上は25%という感じですので。


 公開情報をベースに少しだけ詳し目に書いてみました。何故なら、これが日米FTAの下敷きになりそうだからです。このUSCMAは法的には新協定であり、NAFTA改正ではないと思います。ただ、下敷きはNAFTA+TPPで、それに新チャプターを加えたというイメージで良いでしょう。かなり変更点はありますが、すべてを再交渉したわけではありません。つまり、日米FTAもゼロから交渉するブランド・ニューな協定ではなく、TPPを下敷きにした上で、それに出し入れをしていくイメージを持った方が良いように思います。

 

 NAFTA⇒USCMAについて福島さんとやり取りをしていて、「USMCAは自由化の後退だと思うが、WTO協定的にどうなんだ?」という話になりました。WTO協定の基本理念は「自由化を常に前進させる」というものでして、例えば、日本がある品目について譲許税率を上げようとすると、その品目を日本に輸出している関係国に対して、全体としての自由化率を下げないために他の品目で追加的な自由化を要求されます。簡単に言うと、日本がコメの関税を上げようとすると、「では、対価として小麦の関税を下げてください」という(正当な)要求がやって来るというのがWTOの基本的なルールです。

 

(外務省時代、色々な国会議員から「〇〇の関税上げて保護しろ。」という要求がありました。上記の理屈を説明した上で「相手国に提供する対価を探してきていただけるのであれば考えられなくもありませんが。」と言ったら、大体黙っていただけました。)

 

 しかし、WTO協定の自由貿易協定に関する規定では、「一旦成立したFTA(NAFTA)の自由化が後退したらどうするか。」という規定がありません。そもそもが「関税その他の制限的通商規則がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上のすべての貿易について廃止」されるものですから、一旦成立した後に自由化が後退する事が想定されていないのです。

 

 ただ、こういう事を許していたら、GATT/WTO体制はどんどん崩壊していきます。以下のGATTの前文を読んでいただければ、今回のNAFTA⇒USMCAの動きはこの理念に反していると言えるでしょう。そこは日本を始めとする主要国でアメリカに強く言っていくべきではないかと思います。

 

【GATT前文(抜粋)】

貿易及び経済の分野における締約国間の関係が、生活水準を高め、完全雇用並びに高度のかつ着実に増加する実質所得及び有効需要を確保し、世界の資源の完全な利用を発展させ、並びに貨物の生産及び交換を拡大する方向に向けられるべきであることを認め、

関税その他の貿易障害を実質的に軽減し、及び国際通商における差別待遇を廃止するための相互的かつ互恵的な取極を締結することにより、これらの目的に寄与することを希望して、  

【引用終了】

 

 そういう理念系からスタートする議論を国会には望みたいですね。