そろそろ、「大幅な金融緩和」を始めてから6年になります。

 

 これは、どう見ても無理筋の政策なのですが、これを真正面から批判する人は少ないです。理由は簡単でして、「短期的にはそれなりに成果が出ている(ように見える)から」です。あれだけ円安誘導をすると輸出ドライブが掛かりますので、それらの産業を中心に景気が持ち直したのが大きいでしょう。

 

 ただ、気を付けなくてはならないのは、経済において「ただのランチのようなものはない(There ain't such thing as a free lunch)」という事です。例えば、ドル建ての日本のGDPの規模は劇的に下がっています。また、大幅な金融緩和によって、今後、何らかのショックで金利が上がった時にも打てる金融政策が殆ど無いでしょうし、財政再建が進んでいない事から金利が上昇した時の利払い負担への脆弱性が高まっていますし、そもそも、日本国債の信頼性が少しずつ掘り崩されています。また、低金利に我々は慣れてしまったので気付きにくいですが、ゼロ金利とは国民の預金や金融機関に課税をして、国債の償還費に充てているのとほぼ同義です。

 

 今の政策は「日本経済の耐久性に極限までチャレンジ」みたいなものでして、先人の築き上げた日本経済の財産を食い潰しながら、何とか短期的に体裁を整えているようにしか見えません。ただ、もうそのチャレンジも限界に到達しつつあります。パツンパツンに張り詰めたゴムのような状態だな、とこのコントを思い出しました。

 

 私は「大幅な金融緩和」を全面的に否定するつもりはありません。短期的に一息つくため、そういう政策を打つ可能性はあったでしょう。ただ、その間に生産性を上げ、潜在成長率を上げる事に全力を注ぐ必要がありました。結局、大幅な金融緩和のユーフォリアの中、それらの政策が進まず、今になって「生産性革命」とか言っています。さすがに「最初から『生産性革命』のための時間稼ぎをするという経済政策パッケージではなかったのか?」と言いたくなります。

 

 あまり大きくは報じられないのですが、今年に入って新発の10年国債の売買不成立が7回も起きています。これまでに無かった事態です。私の眼には、IMFのチーフエコノミストを歴任したオリヴィエ・ブランシャールが数年前に鳴らした警告ととても被ります(小黒教授の論稿と合わせて是非読んでいただきたい内容です。)。これまでは日本国債は金利が低くても買ってくれる国内の投資家が居ましたが、国債が国内で捌けなくなっていく時、スプレッドの要求が厳しい外国の投資家に買ってもらわなくてはならないという事態がひたひたと来ているような気がしてなりません。三菱東京UFJは2年前に国債入札の特別参加者資格を返上しています(なお、これは同行が国債入札をしないというわけではなく、特定の義務を負わないという事です。)。

 

 それ以外にも、色々なショックで金利が跳ねる可能性はあります(その可能性が無いという事こそ正に「安全神話」です。)。その時が正念場になるでしょう。とても脆弱性が高いです。今、毎年借換債を含めて150-170兆円くらいの国債発行になりますが、これらの金利が2%になってしまうだけで、3ー3.5兆円くらいの負担増です。数年、2%状態が続けばすぐに消費税7-8%分くらいの負担増になります。ブランシャール氏が言うように「政府から日銀に『ゼロ金利を維持してくれ』と電話が掛かってくる」事だって大いに考えられます。

 

 その最悪のシナリオの時、日本政府、そして国会は選択を迫られます。「大増税+超財政緊縮」か、「国債の日銀直接引き受け」のどちらかです。いずれも国会の議決が必要です。後者は国債の信頼性を著しく下げ、ひいては日本経済の信頼性を下げるため、最終的にはハイパーインフレになるでしょう。上記で引用したコントで言うと、正にパツンパツンに伸びたゴムが顔にパチーンと当たる感じです。

 

 色々な方が「それでも日本経済は大丈夫」と言う説明をされます。「対外純資産が多い」、「政府は資産を持っているので純債務の規模はそこまででもない」、「日本銀行がすべて国債を買い切れば財政再建は終わる」、これらが大体の説明ですが、どれもこれも説得力が殆どありません。それらが正しいのなら、「1京円(今の10倍)国債を立て、日本銀行にすべて買わせて、それでインフラ投資に全部突っ込んでも大丈夫」という理屈になります。もっと言うと、それらの説明が可能なら世界征服だってやれちゃいます。

 

 なので、今、財政再建を本当に真面目にやらなくてはならないのです。「国債が増えても、経済成長率の方が高ければ国債の対GDP比は抑え込める」、この法則は基礎的財政収支(プライマリーバランス)が均衡している時だけにしか通用しません。今は基礎的財政収支が大赤字です。是非、この法則が適用できるところまで財政を改善し、かつ、同時に安定的な成長が出来るように潜在成長率を上げましょうという事にしかなりません。今、政府がやっているように、「成長率はかなり高いんだけど、金利はかなり低い」という粉飾予想により目くらましをする事は意味の無い事です。

 

 最近、安倍総理は「3年以内に出口」という発言をしました。あえて、予言しておきます。自分の政権の間には「出口」は探さないでしょう。そして、次の政権は間違いなく悶え苦しみます。次の政権が「出口」を求めなくても、マーケットから「はい、ここが出口ですよ」と指さされ、出口の前に日本経済が立たされる事も大いにあり得ます。場合によっては上記の最悪のシナリオだって来かねません。その時、批判を受けた安倍(前)総理は「自分の時代は良かっただろ。今、悪くなったのは自分の責任じゃない。」と言うはずです。最近の発言は、何となくそういうシナリオを描こうとしているように聞こえます。

 

 そうさせてはいけないのです。今、日本経済がマーケットにまだ、信頼されているのは「財政再建の余地がある」と思われているからです(それが無くなったら、つるべ落とし状態になります。)。その信頼が残っている間に、「今の政策は短期的には意味があった。ただ、そもそもが日本経済そのものの耐久性チャレンジ競争みたいなもので、長く続けた時点でアウト。財政再建を強く推し進め、マーケットの信頼を維持すべき。もう残されている時間は殆ど無い。」という認識を安倍総理に持ってもらう必要があります。

 

 しかし、残念ながら、与野党含めてこういう議論をしないですね。一部野党は「バラまき合戦」に加わっています。「見ざる、言わざる、聞かざる」の3匹のサルが日本のあちこちを闊歩しています。