現時点では「やらない」と言っていますが、仮にアメリカがWTOを脱退したら何が起きるかという事を考えてみました。

 

 色々な事が起きるのですが、日本との関係で起きる事は「アメリカがGATT/WTOのルールに縛られず好き勝手に関税を上げ下げしてくる(今でもやっていますが)。」、「日本もルール上は対アメリカでそれをやって構わない(絶対にやらないでしょうが)。」、「そして、日本に輸出されてくるアメリカ製品への関税が『自動的に』上がる。」というようなものです。今日はこの最後のテーマについて取り上げます。

 

 外国製品に対する関税は、実行関税率表というものに書いてあります。世の中にあるありとあらゆるものが、この中に分類されている事になっていて、それが輸入される時の税率がすべて定められています。どの部の税率を見ていただいてもいいですが、「基本(General)」、「暫定(Temporary)」、「WTO協定(WTO)」・・・という税率の決まり方がしている事に気付くでしょう。

 

 これを噛み砕くと、「WTO加盟国に対しては、『WTO協定』となっているコラムの税率が適用される。WTO非加盟国には『基本』が適用される。」という事です。そして、「WTO協定」の税率は関税交渉を経たものですから、「基本」の税率と同じかそれより低いです。

 

 そして、今、WTO加盟交渉中の非加盟国と言えば、ブータン、東ティモール、バハマ、アゼルバイジャン、アンドラ、ウズベキスタン、セルビア、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、イラク、イラン、シリア、レバノン、アルジェリア、エチオピア、コモロ、サントメ・プリンシペ、スーダン、赤道ギニア、ソマリア、リビアと、加盟が難しい諸事情のある国が多いです。これらの国からの輸入には「基本」が適用されており、WTO脱退というのはこの位置まで下がろうという事です。

 

 この「基本」と「WTO協定」の差に相当するものは、日本だけでなく、多くの国が有していると思います(後発開発途上国では難しいかもしれませんが)。というのも、ここに差が無いという事は、輸出入に際してWTO加盟国と非加盟国に差を付けないという事になりますが、普通は差を付けます。

 

 つまり、簡単に言うと、WTO脱退とは「ルールに縛られずムチャクチャやっていい権利を持つようになるが、その対価として、WTO加盟国への輸出に課せられる関税が上がる。」という事です。

 

 仮にトランプ政権が脱退した結果として、アメリカ製品に対する関税が上がるとすると、トランプ大統領は「脅してでもいいから何とかしろ。」と言うでしょう。では、それが日本との関係でどう波及するかと言うと、日本としても関税のストラクチャーは崩せないので、やはりアメリカ製品には「基本」税率の適用になります。

 

 それを覆す方法はただ一つ、日米間で自由貿易協定を作るしかありません。関税率表を見ていただくと、右の方にずっと経済連携協定で定められる税率が書いてあると思います。それの最後の所に「アメリカ合衆国」が入ってくるイメージです。

 

(なお、アメリカがWTO加盟国でないとすると、どんなにムチャクチャな自由貿易協定を作ろうとも何の問題もないという事になります。通常は自由貿易協定にはGATT24条の規律が掛かり、関税その他の制限的通商規則の実質的な撤廃等、色々な要件があります。しかし、それすら掛からないとなると、理論上はどんなにムチャクチャなものでもそれを止める術はありません。)

 

 ただ、そういうふうに簡単には行かないでしょう。むしろ、WTO脱退⇒世界中でアメリカ製品に対する関税が自動的に上がる⇒それに対する対抗措置をアメリカが取る、という事でエスカレーションの火蓋を切って落とすだけではないかなと思います。1930年のスムート・ホーリー法と大差ないです。

 

 その他にも、アメリカがWTOを脱退すると理論的には色々な影響が出ます。農業補助金、ボーイング補助金について制限なし、アンチ・ダンピング措置打ちたい放題・・・、多くのムチャクチャな事がやれるようにはなります。ただ、その対価としてWTOのネットワークが作る自由貿易の堅固な枠組みからは外されていく、という事なのですが、アメリカは大き過ぎるので、結果として関税の報復戦争をより深刻にさせるだけでしょう。

 

 それも含めて、彼の言う「ディール」なのかもしれませんが、歴史は時に予想せざる方向に動く事があります。要注意です。