「何故、憲法改正をするのか」という根本の議論を考え直してみると、とても雑に言って「時代にそぐわないものが出てきた」、「新しい課題が出てきた」という事があると思います。
 
 私が見る限り、明らかに時代にそぐわない内容となっている筆頭クラスの条項は憲法89条です。昨今の議論を見ていると、何故、これについての言及が少ないのか不思議でなりません。
 
【日本国憲法】
第89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
 
 一方で、例えば、与党が大好きな「緊急事態条項」で議論しようとしているものは「超限界事例」でして、優先度が無いとまでは言いませんが、私はあまり高くないと思います。また、参議院の合区の話については、「国会は何を代表しているのか(国民か地域・地方か)」、「都道府県の独立性(アメリカの州を想起)」といった議論が必要だと思いますが、どうももっと生臭い所での思惑の方が先に立っているように見えます。
 
 そういうものに比べると、この89条は虚心坦懐に読めば「私学助成」、「NGO支援」等との関係で引っ掛かりそうな内容となっており、優先順位の高さは群を抜いています。通説では「公の支配」の考え方を広く取る事で私学助成は合憲だということになっています。色々な法律に私立学校も服しているし、その他の憲法規定(特に26条)との関係も勘案すれば、「公の支配」に属しているという解釈になっています。
 
【日本国憲法】
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
 
 それはそれで理解できる部分もありますが、関係法令に服しているから「公の支配」に属しているという考えになってしまうと、全く別の分野に波及が出てきそうです。「株式会社は様々な法令に服しているから『公の支配』に属している」みたいな奇妙な結論だってあり得るくらいです。ましてや、この憲法の規定だとNGO支援までもが引っ掛かってくるようにも読めてしまいます。NGOに至っては「non-governmental」と明確に言っているにも関わらず、そこに「公の支配」に属するというのも無理がありそうです。勿論、現在は解釈によっていろいろなハードルを越えているものの、何処か首を傾げたくなるのも事実です。
 
 いずれにせよ、この規定の修正は時代の要請であり、昨今賑やかな「教育無償化」よりも優先順位が遥かに高いと思います。反対する人が少なさそうな案件で、与党側からあまり声が聞こえてこない案件なので、野党側から積極的に案を出すくらいで良いと思います。こういうのは「土俵を作った方」がその後の議論で優位に立ちます。与党筋から出てくる案を査定するだけというのは、実はその段階でかなり劣勢に立たされるのですね。その他にも憲法第8章「地方自治」あたりの規定を充実させるような案等を纏めてパッケージにして野党側から出せば議論をリードできるはずです。野党に対する世の反応も変わるでしょう。
 
 ここまで来たら、一番ダメなのは同床異夢です。民主党時代「安倍政権の行う憲法改正には反対」という言い方でした。これは憲法改正賛成派の人には「安倍政権でなければ憲法改正賛成」と読めるようになっており、憲法改正反対派の人には「反対」と読めるようになっていました。ただ、こんな猿知恵が通用するはずもありません。誰も自分の意見を変えないでレトリックで纏めるフェーズは、本件に関してはもう終わっています。
 
 憲法89条、憲法の後ろの方にあるのでなかなか目に留まりませんけども、本来は改正の最優先課題になるべきものです。