新年早々、このような報道がありました。一見「ああ、そうなのか」と思われるでしょうが、これには技術的に隠された良いアプローチが含まれています。それは「排他的経済水域」を入り口にしている事です。これを解説していきたいと思います。

 

 本来、海底の開発、探査については「大陸棚」をベースに考える事が多いです。

 

【国連海洋法条約】

第76条 大陸棚の定義
1 沿岸国の大陸棚とは、当該沿岸国の領海を越える海面下の区域の海底及びその下であって(以下略)
 
第77条 大陸棚に対する沿岸国の権利
1 沿岸国は、大陸棚を探査し及びその天然資源を開発するため、大陸棚に対して主権的権利を行使する。

(略)

【引用終了】

 

 ただし、日中間のようにお互いの大陸棚がぶつかるケースで、それを両国どう分け合うかについては、歴史的に深遠な議論があります。昔は自然延長論(その国の沿岸から何処まで自然に延びていっているか)をベースにしていましたが、今は中間線をベースにするのが標準的な考え方です。ただ、中国は対日本では今でも自然延長論を主張していて、中国の沿岸から沖縄トラフまでが中国の大陸棚だという主張を崩していません(他方、トンキン湾の大陸棚画定では対ベトナムで中間線を主張していましたが)。これだと、日中中間線からかなり日本側に食い込む形で中国の主権的権利を認めてしまう事になります。勿論、日本は中間線をベースに主張しています。

 

 この議論は、日本の方に分があると思いますが、その一方でなかなか中国が自然延長論を崩すとも思えず、日中中間線を挟んで10年以上ずっと睨み合いが続いています。

 

 報道が正しいとすると、今回は「大陸棚」ではなく、「排他的経済水域」での権益確保という視点からアプローチしているようです。

 

【国連海洋法条約】

第56条 排他的経済水域における沿岸国の権利、管轄権及び義務
1 沿岸国は、排他的経済水域において、次のものを有する。
a 海底の上部水域並びに海底及びその下の天然資源(生物資源であるか非生物資源であるかを問わない。)の探査、開発、保存及び管理のための主権的権利並びに排他的経済水域における経済的な目的で行われる探査及び開発のためのその他の活動(海水、海流及び風からのエネルギーの生産等)に関する主権的権利
b この条約の関連する規定に基づく次の事項に関する管轄権
i. 人工島、施設及び構築物の設置及び利用
ii. 海洋の科学的調査
iii. 海洋環境の保護及び保全

【引用終了】

 

 排他的経済水域においても、海底及びその下の天然資源の探査、開発、保存及び管理のための主権的権利が認められています。

 

 ここで重要な指摘をします。日中間のようにお互いの排他的経済水域がぶつかっているケースでの境界画定の判断基準ですが、ここは中間線がベースになります。大陸棚と違って、海底地形がどうなっているかは考慮の対象にはなりません。なので、排他的経済水域の境界画定においては、中国が言うような自然延長論は通用しなくなります。

 

 簡単に言うと、日中中間線の日本側海域について、日本が「ここは(中間線より日本側なので)うちの大陸棚だ。」と主張すると、中国から「いやいや、そこは自然延長論でうちの大陸棚ですよ。」と言える余地がある一方で、日本が「ここはうちの排他的経済水域だ。」と主張すると、中国は反論する術が殆ど無いという事になります。なので、東シナ海に関する日中間交渉は「まずは排他的経済水域から議論しましょう。」とするのが賢いという事になりますし、今回のように海底の開発を排他的経済水域から法制化していくのは、対中国で主張がしやすいという事になります。

 

(注:なお、東シナ海における漁業については、排他的経済水域とは別に日中漁業協定というものが結ばれていて、一定の解決を見ています。結構、中国に好き勝手やられている協定ではありますが。)

 

 ただ、ちょっと気になるのが「海洋科学調査を首相の許可制」と報じられている事です。勿論、国連海洋法条約でも、排他的経済水域における他国の科学的調査を許可制にする事は可能です。しかし、日中間には平成13年に「海洋調査活動の相互事前通報の枠組みの実施のための口上書」というものがあります。これは日中間では、科学的調査については許可制ではなく、事前通報で足りるというものです。それ以外にも非常に簡略化された手続きで、中国は日本の排他的経済水域で科学的調査が出来る仕組みになっています。

 

 この口上書の問題点は挙げ始めると色々あるのですが、一番の問題点は「公開されていない事」です。ネット上で探しても出て来ません(なので、リンクが一切張れません。)。しかし、この口上書は秘匿性のある文書ではありません。単に「国民に広く知られると反発が強そうだから、隠しておく。」という方針なんだと思います。よくこういう事を言うと、「現職の時取り組めばよかったではないか。」とご示唆を頂くのですが、きちんと取り組んでいます。

 
【私の質問主意書(海洋調査活動の相互事前通報に関する質問主意書)】
 平成十三年二月十三日に中国との間で交換された海洋調査活動の相互事前通報の枠組みの実施のための口上書について、次の通り質問する。
一 何故、同口上書は政府のウェブサイトで公開されていないのか。
(略)
 
(答弁書)
一について
 外務省ホームページの掲載内容については、効果的な情報発信等の観点から適切に判断を行っているところである。

(略)

【引用終了】

 

 相当に疚しい事を窺わせる答弁書でした。その後も色々と事務的に外務省と話をしたのですが、その内容をここで公開するのは控えておきます。

 

 科学的調査を許可制にしようとしても、中国との関係では既に特別の(かなり緩い)ルールがあるので、どうやって法制化するかというのはとても難しいはずです。自民党の外交安保畑の方はこれくらいの事は承知していると思いますが、そんなに簡単ではないと思います。

 

 その他、尖閣諸島や沖ノ鳥島、ひいては台湾の扱いをどうするかとか、論点は尽きないわけですが、長くなってきたのでこれくらいにしておきます。纏めとしては「着眼点は法的に見てもとても良いと思う。ただ、法的なハードルは高い。」、そんな感じでしょうかね。