「同一労働同一賃金」については、少しずつ概要が見えてきていますが、どうも隔靴掻痒感があります。政府の認識を知る良い方法はないかなと思っていたところ、ILO(国際労働機関)の第百号条約を見つけました。日本は1967年に締結しています。
 
 正式名称は「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」という事で、幅広い意味での「同一労働同一賃金」ではありませんが、国際条約として同テーマに踏み込んでいるのはこれだけです。そして、中身としてはとても良い事が書いてあります。なので、これを取っ掛かりに色々な認識を質してみようと思い、質問主意書を出し答弁が返ってきました。
 
 
【問一】
一 この条約における以下の用語はどのような意味であると政府は考えているか。
(一) 同一価値の労働
(二) 同一報酬
 
【問一答弁】
一について
お尋ねの「どのような意味であると政府は考えているか」の意味するところが必ずしも明らかではないが、同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約(第百号)(昭和四十二年条約第十五号。以下「条約」という。)第一条(b)の規定において、「「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬」とは、性別による差別なしに定められる報酬率をいう」と定義されている。
 
【問一解説】
 一番知りたかったポイントだったのです。「同一価値労働」、「同一報酬」が何を意味しているのかを知りたいと思っておられる方は多いでしょう。それが示されれば、今後の政策決定において非常に貴重な指標となるでしょう。
 しかし、歴史に残る迷答弁が返ってきました。「『どのような意味であると政府は考えているか』の意味するところが必ずしも明らかではない」と言われてしまうと、これから私はどうやって質問すれば答えてもらえるのだろうかと不安になります。
 多分、今、真正面から答えると、働き方改革での検討に差し障りがあると判断して、迷答弁で逃げたのだと思います。
 
【問二】
二 同条約第二条一には「各加盟国は、報酬率を決定するため行なわれている方法に適した手段によって、同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬の原則のすべての労働者への適用を促進し、及び前記の方法と両立する限り確保しなければならない。」とある。
(一) この規定は、現在、我が国では順守されているか。
(二) この規定は、同条二に規定されるいずれの方法で担保されているか。
 
【問二答弁】
二について
お尋ねの「順守」及び「担保」の意味するところが必ずしも明らかではないが、条約第二条1に規定する原則は、同条2(a)に掲げる国内法令により適用されている。
 
【問二解説】
 ここも迷答弁です。「順守」、「担保」が分からないと言われたら、どういう言葉を使えばいいのかを教えてほしいです。
 ただ、この答弁はよく読む必要があります。男女間の同一価値労働同一報酬の原則の「適用」については答えていますが、「確保」について答弁していません。この原則が確保されているという事について、政府が十分にコミットしきれていないと読むべき所です。結構、重要な答弁ではないかとみています。
 
【問三及び四】
三 同条約第三条一には「行なうべき労働を基礎とする職務の客観的な評価を促進する措置がこの条約の規定の実施に役だつ場合には、その措置を執るものとする。」とある。この措置は現在、我が国において講じられているか。具体的に答弁ありたい。
 
四 同条約第三条二には「この評価のために採用する方法は、報酬率の決定について責任を負う機関又は、報酬率が労働協約によって決定される場合には、その当事者が決定することができる。」とある。この決定は、現在、どのようになされているか。具体的に答弁ありたい。
 
【問三及び四答弁】
三及び四について
お尋ねの条約第三条1に規定する「行なうべき労働を基礎とする職務の客観的な評価を促進する措置」については、政府として、職務の客観的な評価の普及啓発を推進するため、例えば、公正・明確・客観的な賃金制度及び雇用管理制度の設計とその透明性の確保等の視点に立って労使が自主的に賃金及び雇用管理の見直しに取り組むことを促進するための対応方策を「男女間賃金格差解消に向けた労使の取組支援のためのガイドライン」において示すとともに、短時間労働者と通常の労働者との均等・均衡待遇の確保を更に進めるための手法を「要素別点数法による職務評価の実施ガイドライン」において示すといった取組を行っているところである。なお、同条2に規定する「この評価のために採用する方法」の決定については、個別の企業における労使の議論を踏まえてなされていると承知している。
 
【問三及び四解説】
 やはり、男女の賃金格差是正のためには、職務内容を客観的に把握し評価できるようにすることが大事だと思います。その手法が労使の自主的な措置を促す「ガイドライン」だけでいいのかなという気はします。しかも、ガイドラインを踏まえた評価の実施についても個別企業における労使の議論のみとなると、殆ど重石にならないでしょう。もう少し強い措置を講ずることが必要ではないだろうかと思います。
 
【問五】
五 また、同条約が締結された際、同時に「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する勧告(第九十号)」が採択されている。我が国は、同勧告において規定されている措置をそれぞれ適用しているか。同文書の一から八まで個別に答弁ありたい。
 
【問五答弁(私が気になった部分だけを太線にしておきます)】
五について
お尋ねの「適用している」及び「同文書」の意味するところが必ずしも明らかではないが、お尋ねの「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する勧告(第九十号)」(以下「勧告」という。)については、法的拘束力を有するものではないが、その内容を十分に検討した上で、適切に対処しているところである。お尋ねの勧告の1から8までに記載されている措置については、例えば、それぞれ以下のとおり適切に対処しているところである。
 
勧告の1については、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第六十二条及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第二十四条第一項の規定において職員の給与は、職務給の原則によることとされているところである。また、国家公務員法第二十七条及び地方公務員法第十三条の規定において平等取扱の原則が規定されており、これらの規定に違反して差別した者については、国家公務員法第百九条第八号及び地方公務員法第六十条第一号の規定により罰則の適用もある。
勧告の2、3(1)及び4については、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第四条において「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」と規定されているとともに、同法第百十九条第一号の規定において同法第四条違反に対する罰則が設けられており、「同一価値の労働に対して男女労働者に同一の報酬」の原則の適用が確保されているところである。
勧告の3(2)については、労働基準監督機関において、労働者等の相談に応ずるとともに、事業場に対し監督指導を実施し、当該違反が認められた場合には、使用者に対して、その是正の指導等を行っているところである。
勧告の5については、三及び四についてでお答えした措置を講じているところである。
勧告の6(a)については、職業安定法(昭和二十二年法律第百四十一号)第三条本文の規定において職業紹介、職業指導等について性別を理由として差別的取扱いを行うことが禁止されているところである。
また、職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第四条の規定において労働者に係る職業能力の開発及び向上の促進に関する事業主、国及び都道府県の責務等について定められているところである。
勧告の6(b)については、公共職業安定所において、求職者に対し、迅速に、その能力に適合する職業に就くことをあっせんするため、無料の職業紹介事業を行っているところである。
勧告の6(c)については、市町村による保育所等の施設整備に要する費用等に対して支援を行っているところである。
勧告の6(d)については、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第五条及び第六条の規定により、労働者の募集及び採用並びに配置、昇進等について性別を理由とする差別的取扱いが禁止されているとともに、女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(平成二十七年法律第六十四号)第八条の規定により、常時雇用する労働者の数が三百人を超える事業主に対し、採用した労働者に占める女性労働者の割合、管理的地位にある労働者に占める女性労働者の割合等その事業における女性の職業生活における活躍に関する状況を把握し、女性の職業生活における活躍を推進するために改善すべき事情について分析した上で、その結果を勘案した一般事業主行動計画の策定を義務付ける等の措置を講じているところであり、女性の職業生活における活躍を推進しているところである。
勧告の7については、男女が性別による差別的取扱いを受けないことを含む男女共同参画社会基本法(平成十一年法律第七十八号)の基本理念等に関する国民の理解を深めるために「男女共同参画週間」を設ける等の取組を行っているところである。
勧告の8については、厚生労働省において男女間の賃金格差の現状やその要因に関する調査、分析等を行っているところである。
 
【問五解説】
 ここはフルマックスで答えて来ました。ちょっと驚きました。勧告の全文はこれですので、見比べながら読んでください。
 勧告文に沿った表現とは言え、「『同一価値の労働に対して男女労働者に同一の報酬』の原則の適用が確保されている」とは言えても、「『同一価値の労働に対して男女労働者に同一の報酬』の原則の適用が確保されている」とは言えないんだなという部分が気になります。余計な「適用」という言葉が入る事によって、実際には確保されていない事が示唆されます。
 
【問六】
六 既に同条約が締結されている一方、現在、政府では働き方改革において男女間の賃金格差解消が検討されていると承知している。これまでの本条約の国内実施では足らざる部分がある事が推察される。それは何か。
 
【問六答弁】
六について
お尋ねの「政府では働き方改革において男女間の賃金格差解消が検討されている」及び「これまでの本条約の国内実施では足らざる部分」の意味するところが明らかではなく、お答えすることは困難である。
 
【問六解説】
 ここまであれこれ読んでみて、同じ感想を持たれたと思います。「政府としてこれだけの事をやっていると主張しているのに何故、働き方改革の文脈で男女間の賃金格差解消に取り組まなくてはならないのか。何が足らないからなのか。」という疑問が出てくるはずなのです。
 ベースとなる第百号条約と勧告は、これがすべて実施されたのであれば男女の賃金格差など生じ得ないくらいよく出来ています。そして、その条約を日本は締結しており、かつ、質問主意書を出して条約及び勧告の実施状況を聞くと「きちんとやってます」という答弁になります。
 なのに実態がそうなっていない、それは何故なのかという政府の自己分析を聞きたかったのですが、すべて逃げられてしまいました。
 
 ということで、同一賃金同一労働というテーマに、国際条約という一風変わったアプローチで取り組んでみました。重要な部分はすべて逃げられていますけどね。