TPP交渉では、二国間でのサイドレターというものが結構たくさん作られています。一番最悪なサイドレターは、恐らくこれでしょう。このサイドレターの「かんぽ生命」部分を熟読して、怒りを覚えない日本人はまず居ないと思います。国辱のサイドレターです。

 

 ただ、今日取り上げるのはその部分ではありません(後日にしたいと思います。)。もう少し柔らかいテーマでして「バーボン・ウィスキー」です。酒類について、こういうサイドレターがあります。その冒頭にこういう規定があります。

 

「日本国は、バーボンウイスキー又はテネシーウイスキーとして製造された製品が、それらの製品の製造を規律するアメリカ合衆国の法令に従って同国において製造されていない場合には、日本国の関係法令に従い、同国においてそれらの製品のバーボンウイスキー又はテネシーウイスキーとしての販売を禁止することを検討する手続を開始する。」

 

 これを読んでみると、「まあ、アメリカでバーボン・ウィスキーを作っている方にとっては、製法の違う日本産ウィスキーに名前を勝手に使われてはたまらないよね。」と同情する方もおられるでしょう。ただですね、「バーボン」と言うとアメリカ産だと思うでしょうが、あの語源は元々は「ブルボン」なのです。アメリカ独立戦争の時、フランスのブルボン朝がアメリカの味方をしてくれたことへの記念で付けられたケンタッキー州の地名です。単にブルボン(Bourbon)を英語読みしたらバーボンになっているだけです。ちなみに、この会社を「バーボン」を呼ぶ方はさすがにおられないでしょうが、表記は全く同じです。

 

 アメリカは基本的に「地理的表示」についてはとても背を向けています。地理的表示で有利になるのがヨーロッパで、新大陸系の国々は地理的表示を保護されると苦しくなるからです。ただ、このサイドレターでは、バーボン・ウィスキーについての地理的表示の権利を創設するものではないと書いていますけども、事実上は「地理的表示」に限りなく近い発想です。欧州に苛められる時は地理的表示に背を向けるけども、自国の産品で保護したい時は、バーボンという名前を使うなというのは、とてもご都合主義に見えます。しかも、その名前たるや、元々はフランスの王朝の名前じゃないかと思うと尚更です。

 

 ちょっとひねくれて、「アメリカで決められた製法で作っていないコーン・ウィスキーに『バーボン』と付けるな。」と合意しているわけですから、ならば、そのウィスキーに日本語名で「ブルボン・ウィスキー」と名付けてみたらどうなるかなと考えてみました。外国語表記は従来通り「Bourbon Whiskey」です。アメリカからケチを付けられたら、「いやいや、外国語表記では同じに見えますけど、国内ではバーボン・ウィスキーとは呼んでないんですよ。うちでは、フランス語っぽくブルボン・ウィスキーと呼んでいます。」と言い逃れをしてみる時、国際法上どうなるかなと考えてみました。

 

 結論から言うと、サイドレターの日本語訳との関係では「ブルボン・ウィスキー」は○(国際法上問題ない)っぽく見えますが、正文たる英語では×かなと思います。英語正文と日本語訳との間に隙間が少しあって、それは「Bourbon」を「バーボン」と邦訳していることに起因します。

 

 ただ、誰かこのサイドレターの日本語訳と正文の間隙を縫って、英語表記では「Bourbon Whiskey」、日本語では「ブルボン・ウィスキー」という商品開発をやらないかなと(勿論遊び心で)思ってみたりします。そして、「TPPサイドレター日本語訳では(アメリカで決められた製法で作られていない)『バーボン・ウィスキー』がダメだと書いたあるだけじゃないか。うちの商品は『ブルボン・ウィスキー』だ。」と強弁してみるわけです。結構、面白い結果になりそうな気もします。

 

 荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、実は地理的表示に関する国際交渉というのは、こういう話をかなり真面目にやります。