【以下のエントリーは、FBに書いたものに大幅加筆、修正を加えたものです。】

 テロ対策には色々な方策がありますが、国際法上、逃がさないように網を掛けていくというものがあります。これはかつて担当していたので思いがあります。

 テロ関係の条約(全体像)というのは、基本的に構造が似ています。「テロ行為の犯罪化」+「aut dedere aut judicare(引渡しか訴追か)の原則」です。前者は、特定のテロ行為を国内法上犯罪化することを求めています。後者は何かと言うと、テロ行為の犯罪者は滞在地国で起訴するか、滞在地国が起訴しないのなら関係国に引き渡すか、どちらかでなくてはならないということです。

 この条約が幅広い国に厳密に適用されると、世界中に反テロの網が掛かり逃げられなくなるということはご理解いただけるかと思います。犯罪の類型が明確になって、その類型に当てはまるテロリストは訴追されるか、引き渡されるかですから、逃げ道はかなり減ってきます。そういう意味で、テロリストに安住の地を与えないためにはテロ関係諸条約を広めていくことはとても重要なことです。

 しかし、ここからが難しいのです。あまり厳しいテロ関係条約を作ると、テロ行為と関係の無い行為までもが含まれるのではないかという懸念を惹起して、テロ関係条約に入ってくれないのです。上記の構造から分かっていただけると思いますが、締結国が少ないとテロ関係条約は意味がないのです。

 私はかつて「海洋航行不法行為防止条約(SUA条約)」という条約の改正議定書の交渉に携わったことがあります。この条約が辿った運命はテロ法制の変遷と難しさをよく表しています。

 元々、「海賊」という行為は国際慣習法の中でも犯罪だと見なされていました。ただ、1985年に起きた(国際法を学べば必ず出て来る)アキレ・ラウロ号事件がきっかけとなって、このSUA条約が作られました。海賊というのは、船舶を外から襲う行為です。実はこの時点で、航空機におけるハイジャックに相当するもの(つまり、船舶内部から乗っ取る行為)への法整備が国際法にはありませんでした。それを踏まえて、作られたのがSUA条約です。締結国は166ヶ国、「網」としては機能していると言っていいでしょう。

(私は1期目の時、シーシェパードをこのSUA条約で取り締まれないかと質問しています。SUA条約では「船舶を破壊する行為」が犯罪化されているのです。外務省は、シーシェパードは海賊に当たるとは一概に言えないという立場ですので、ならば、このSUA条約で取り締まってはどうかという視点です。それなりの答弁は返ってきています。ご関心の方はこちら。)

 そして、2001年の米国テロ事件を受けて、このSUA条約を改正するかたちで、船舶そのものを使用した不法行為、大量破壊兵器等およびその関連物質の輸送行為等を犯罪化しようとする改正議定書の交渉が始まりました。つまり、何かと言うと、今度は「船舶を使った不法行為」、「テロ行為に使われるものを輸送する行為」を犯罪化しようということでした。海賊は取り締まれる、SUA条約で船舶の乗っ取りも犯罪化した、そこから更に「船舶を使ってのテロ行為」にこのSUA条約改正議定書で辿り着きます。

 交渉の経緯は国家公務員法上の守秘義務に当たるので述べませんが、「まあ、大変だった。ホントに苦労した。」というのが率直な感想です。特に「大量破壊兵器等及びその関連物質の輸送行為」については、「等」、「関連物質」の範囲で悩みに悩みました。簡単に言うと、「(武器にも民生用にも使える)汎用品を運んでいたら、米軍艦船に取り締まられるようではたまらん。」ということです。

 結局、この改正議定書は採択、署名され、現在発効もしています。しかし、締結しているのはたったの38か国です。日本も締結していません(理由は知りません。近々、外務省にでも聞いてみようと思います。)。上記にあるように、この手のテロ関係条約は少しでも締結国の数が増えていくことが「網」の効果としては重要なのですが、現時点ではこの点については必ずしも十分とは言えません。

 テロ関係条約であっても、対象範囲が広かったり、不明確だったり、厳し過ぎたりすると、締結国がガクッと減ってしまうのですね。

 それが国際社会の現実です。