前回、水産無償の件を取り上げましたが、昔から制度的に政府開発援助について気になっている事があります。現職時代、質問したこともあります。外務省時代に直接担当したことがなく、全体像をきちんと把握しきれていないので、散発的な問題意識になりますが。

 まず、前回のエントリーで書いたように、日本の援助は要請主義ですが、その要請書を日本政府が満足できる水準に書ける国は本当に少ないです。私がセネガルにいた際も、相手国からやってくるのは「ここの開発をしたい。」くらいで、私から「もうちょっと詰めてもらえないと...。相談には乗るから。」と言ってしまえば、そこでプロセスが止まってしまうことがたくさんありました。

 ただ、そういう中で、時折「バシッ」とよく出来た要請書類がやってくることがあります。体裁から、中身から見た瞬間にピンと来ます。そう「日本の商社が作った要請書」です。日本人的なツボどころ、日本の援助当局者のツボどころをよく押さえています。大体、議論の俎上に乗るような援助案件はその背景に日本の商社がいる事が多いです(すべての国でそうだとは言いませんが。)。

 そして、そういう案件をその国の公文書として日本大使館に提出させるために、日本の商社の方はその国の大臣クラスに袖の下を出していることが多いです。つまり、商社の方が「うちの案件をおたくの国の正式な要請として出してくれ。」と頼みに行くと、袖の下を要求されてしまうのです。変な話です、日本が援助するのに、援助される側の相手国に日本企業が袖の下というのは。

 ただ、日本政府側から見れば、公式プロセスとしては「相手国から要請書が出てきた。」、これだけです。その背景に日本の商社が動いて、袖の下まで使って相手国の公式要請書にするための努力など「表に出て来ない話」、「関係のない話」なのだろうと思います。

 この事を国会で質問したら、先のエントリーにもあった通り、「逐一承知していない。そういう話があるなら、未然に防いでいかなくてはならない。」という力の抜けた答弁でした。途上国大使館で、援助担当を少しでもした外交官は「逐一」知っているはずです。これは制度を相当にいじらないと解決しない問題だと思いますが、多分、外務省にはそこまでの考えはないのだろうと思います。

 そして、私の(かなり古い)経験で、業者の癒着なしには殆ど無理だったのが、文化無償の機材供与ものです。例えば、スポーツ関係の機材、日本語教育のための音響機器みたいなものです。これは機材供与のみですがタイド(日本企業からの調達)の援助です。となると、日本企業からの調達になる前提で見積もり、要請等も行われるわけです。「ミズノ社サッカーボール●●個 ○○円」みたいなことが詳細に書いてある要請書を見て、「こんなもの、セネガル人に書けるか!」と思わない人間はいないと思います。

 文化無償については、「機材供与のみの援助」、「タイド」、「要請主義」、この3つの要件がある時、絶対に商社の裏での関与+袖の下の構図になります。ただ、これも私が質問した時は「そういうことがないようにしたい。」というすっとぼけた答弁でした。

 あと、これはもう少し通なテーマですが、援助の案件が決まり、実際に事業が始まった後にも問題があります。日本の無償資金協力はタイドですので、まず受けるのは日本企業です。しかし、考えれば分かる通り、サブコンは現地企業です。そして、どのサブコンを使うかというのは、相手国との協議事項です。

 ここにも変な袖の下が絡む要素があるのです。私の経験では、相手国の大臣が「この企業で頼む。」と言ってきたら断りにくいのです。そもそも、サブコン決定に際して、その大臣のサインがないと事業が動かない以上、そこを無視することは出来ません。私の所に、商社の方が「特定の割高なサブコンを押しつけられて困っている。」と泣きを入れてきたこともあります(しかし、私に出来ることは制度上はありませんでした。)。

 ここも制度上、相当な改革をしないと、そういう不透明なサブコン指定は亡くならないはずです。

 あと、他にも「各省庁の固定ポストになっていて、何の役にも立たない専門家ポスト」というのもありました。技術協力の一環として、日本から専門家を派遣する事業があります。これが各省庁の技官ポストとして固定されているケースが多々あります。数代に亘って、同じ省庁から同じ目的で派遣されている専門家というのは、現職時代調べただけでも100前後あったと記憶しています。

 インドネシア辺りが、そういう専門家が多いと記憶しています。ただ、あまり使えない人が多いのですね。言葉がロクに出来ない、専門性も大してない、相手国からすると要らないのですけど、専門家が来ると、それをサポートする観点から機材供与の予算がついたりします。その機材供与を当てにしているようなところもあると思います。(古いですけど)「ビックリマンチョコのシールは欲しいけど、チョコ本体は特に要らない。」みたいなことをイメージしていただければと思います。そういう専門家の視線は常に東京の親元官庁を見ていて、頑張るのは本省からの出張者が来る時だけ、みたいな専門家は少なくとも数年くらい前まではたくさんいました。ああいう、各省庁の人事異動の一環として行われるような専門家ポストはバンバン切っていっていいと思います。

 最後に泣ける話を一言。1998年にアフリカのトーゴという国で大統領選挙がありました。当時のエヤデマ大統領が、かなりの選挙不正をしたということで、欧米から厳しい視線を注がれ援助停止と流れになりました。(ここからは記憶が正確でないかもしれませんが)その時、直前に日本はトーゴとの援助案件を閣議決定していたということで、欧米全体が援助停止と言っている中、日本はトーゴとの援助案件の交換公文署名(援助供与を約束する国際条約)をやりました。

 欧米からすると、「大統領選挙の不正に対して、皆で圧力を掛けようとしているのに日本はなんだ!」ということでしょうし、エヤデマ大統領からすると「国際社会全体がうちに厳しいわけではない。その証拠に日本との援助案件は進んでいる。」的な宣伝に使われ、全然良いことがありませんでした。数億円の税金を使って、国際社会での批判の対象になり、不正で非難される大統領をサポートする、バカバカしい話です(勿論、それで裨益するトーゴ国民がいる事を無視しているわけではありません。あくまでも国際政治上の問題提起です。)。その当時、担当大使館の方が「俺だって嫌だよ、こんなのを進めるのは。冷たい目で見られるだけじゃないか。」とボヤいていたのがとても記憶に残っています。

 ここはもう少し日本の制度に融通が利けば、こういう恥ずかしい事例は生じなかったでしょう。閣議をやったから、みたいなお手続き議論だけで税金の無駄遣いが進むのはとても残念だと思いませんか。

 古い経験、古い記憶に依拠して書いているので、今の当局者から言えば「改善が図られている」ということになっているかもしれません。ただ、私が質問した時の答弁のように「通報窓口を設けています」くらいの対応なのであればダメでしょう。