「日中の衝突はあるのか?」、最近、物騒なタイトルの記事がマスコミで踊っています。


 日本にその気はない、言うまでもないことです。アメリカはそれを望んでいない、先日のオバマ大統領訪日時の発言を見ていれば明らかです。そして、恐らく中国の指導層もそれを望んではいないでしょう。今、東アジアで衝突を起こすことは中国の経済、内政への影響は計り知れません。


 では、「起こらないではないか?」と言いたくなりますが、私は可能性としてありうるのは「偶発的な衝突」、又は「中国軍部の一部の冒険主義者によるちょっかい」がエスカレートしていくことを懸念しています。海上での接触事故がどんどん発展していって、両国指導者も引けなくなり、大規模衝突に発展するということです。表現が良いかは疑問ですが、街中で肩がぶつかりあったことをきっかけに激しい抗争が起きるイメージです。


 最近、西太平洋海軍シンポジウムで、日米中を含む21か国で「海上衝突回避規範」というルールに合意しました(ココ )。特に火器管制照準用レーダー照射事件があっての事ですから、こういう危険な行為を防止するために一定の効果が働くことを期待したいと思います。


 ただし、これは一種のガイドラインでして法的拘束力もないし、非常に緩やかなものです。私はもう一歩踏み込んで、日中で「海上事故防止協定」の検討をすべきだと思います。これは、元々は米ソ間で締結されたのが走りです。1960年代、公海上で両国がかなり露骨な示威行為をやったことへの懸念から締結されたものです。当時、米ソの艦船がかなり近い所で攻撃演習をやったり、失明しかねないようなレーザーを当てたり、相当なチキンゲームがなされました。一部、艦船同士の衝突も起こっていました。エスカレーションへの懸念から締結された協定は一定の効果をもたらしたと思います。


 日本との関係でも、1993年に海上事故防止協定 が締結されました。衝突予防のための国際規範順守の確認、艦船の行動規範、危険行為の禁止、航空機の注意義務、情報交換メカニズム等定められています。また、年次会合がきちんと開かれており、信頼関係の醸成に役立っています。


(この条約、微妙な所がありまして、「領海の外側に位置する水域及びその上空における事故の予防」に関する協定でして、「公海上における事故の予防」ではありません。何故、こんな微妙な言い方になっているのだろうと思います。北方領土関係かな、排他的経済水域関係かな、それとも日本が公海部分を意図的に開けている特定海域(特に宗谷海峡)関係かな、と悩んでいます。昔ならピンと来たはずですが(涙)。)


 これと同種のものを中国との関係でもできないかなと思います。なお、国内手続き上はこのロシアとの協定は「国会承認条約」ではありません。予算事項も、法律改正事項もないからです。仮に同等のもので合意できるのであれば、手続き的には行政府だけで締結できる条約(行政取極)でして、「手続き的には」比較的簡便にやれます。勿論、協定の内容次第では国内法改正が必要になる可能性もあるでしょうから、国会承認条約となります。


 ただ、ロシアとの協定では、火器管制照準用レーダーの照射は禁じられていません。危険な行為については、第三条6に定めがありますが、ここではレーザーが禁じられていますが、それは「乗員や搭載装備に害を与えるような方法で」の使用のみです。イメージ的には、例えば乗員が失明しそうなレーザーが禁じられていますが、火器管制照準用レーダーは含まれないと見るべきでしょう。


 あと、ロシアとの協定は対象が「海上自衛隊」だけでして、「海上保安庁」は含まれていません。一方で、中国は人民解放軍海軍というよりも、国家海洋局の「海警」が厄介でして、これを対象とする必要があります。なお、「海警」は従前の国土資源部国家海洋局海監総隊(海監)、公安部辺防管理局公安辺防海警総隊(海警)、農業部漁業局(漁政)、海関総署緝私局(海関)を統合したものです。それに加え、統合に加わらなかった交通運輸部海事局(海巡)も視野に入れなくてはなりません。


 そういう難しさはありますけども、交渉くらいは始めてみていいのではないかと思います。戦争は偶発的な事からエスカレートしていく、サラエボでプリンツィップ青年がオーストリアのフェルディナンド大公を暗殺した時、あれだけの大戦になると想像した人は居ませんでした(戦争の火種は欧州中に見られたとしても。)。偶発的な事件を防ぐために、やれることは是非やっておくべきです。