【以下はFBに書いたものに加筆しております。FBに書いたものはちょっと記憶違いでした。】


(要旨)

・ 今回、イラク空爆で岸田外相は「理解」という言葉を使った。

・ 過去のケースから言えば、同種のケースで「理解」と「支持」との間には、外交表現上相当な距離がある。勿論、アメリカへのメッセージとしても全く異なる。

・ 「支持」と言わなかったのは、何かそう言えないだけの事情があるはず。マスコミはそこをきちんと調べるべき。


(本文)

 アメリカのイラク空爆に、岸田外相が「理解」を示しました。正確な表現はよく分からないのですけども、報道を見る限り「アメリカのテロとの戦いを支持」といった上で、今回の空爆に「理解」という言い方をしているように読めます。


 これを以て、日本は一定の支持と報じていますが、こういう報道はちょっとセンスがないです。支持したのは大枠である「テロとの戦い」であって、今回の空爆は「理解」に留まっています。この意味をある程度読まずに、ただただ「日本、空爆を支持」と言うのは短絡的です。


 少し歴史を遡ります。1996年9月にアメリカがイラクを空爆した際、当時の橋本総理は以下のようなコメントを出しています。


【橋本総理コメント】

一、三日午後(日本時間)、米国はイラク国内の軍事目標に対する爆撃を実施したと承知。

二、我が国は、国連安保理決議を含むクルド人保護のためにとらえられた措置にもかかわらず、イラク軍が北部イラク地域へ進攻したことを憂慮をもって注視してきたところである。

 我が国としては、今回の米軍による行動がイラクによる国連の安保理決議の履行を確保するために必要な措置ということであれば、我が国としては、これを理解し、支持するものである。

三、また、我が国は、イラク軍が北部イラク地域から撤退することにより、今回の事態が一刻も早く収拾されることを強く希望するものである。


 「理解し、支持」ですが、えらく長々とした前置きが付いていることにお気付きかと思います。単なる一方的行為ではなくて、あくまでも湾岸戦争の停戦条件で規定されたイラクの大量破壊兵器廃棄義務に対する違反行為の疑いがあり、それを是正するための措置ならば理解し、支持するということです。


 法的整理をもう少し詰めますと、大量破壊兵器廃棄義務違反があるなら、遡ること5年前の1991年湾岸戦争終了時に、国連安保理が和平の条件を示した安保理決議687 違反があると認定しうるということです。そして、更に遡り、そういう違反があるのなら、和平が壊れているので湾岸戦争の武力行使を容認する根拠となった安保理決議678 が再度発動される、そんな感じの理屈です。実は2003年のブッシュ大統領によるイラク空爆も、(安保理決議が実現しなかった後、空爆を成立させた)論拠としては殆ど同じです。


 もう一つ、例を挙げますと、1998年12月のイラク空爆、「砂漠の狐」作戦です。この時は「支持」です。


【小渕内閣総理大臣コメント】

1. 17日午前7時前(日本時間)、米国及び英国の合同軍が、イラク国内の軍事目標に対する爆撃を実施したと承知している。

2. UNSCOM(大量破壊兵器の廃棄に関する特別委員会)の報告書にもあるように、イラクのUNSCOMへの協力再開は不十分であると言わざるを得ず、イラクの対応は、91年の湾岸危機の際の停戦条件を定めた国連安保理決議687を含む一連の関連安保理決議、及び本年2月にアナン国連事務総長とイラク政府との間で合意された了解覚書に対する重大な違反である。

3. これまで、国連安保理及び関係各国は、イラク政府が、UNSCOM及び国際原子力機関(IAEA)に対し完全かつ無条件に協力するよう働きかけるとともに、関連安保理決議を完全に履行するよう最大限の外交努力を行ってきた。我が国もイラク政府に対し、申入れを繰り返し行うとともに、安保理での対応を含め、関係国と協力しつつイラク側の対応是正を求めるべく努力してきた。しかし、誠に遺憾ながら、UNSCOMに対するイラクの協力が得られず、このような事態に立ち至った。

4. 我が国としては、上記のような経緯に鑑み、今回の米国及び英国による行動を支持する。

5. 我が国は、イラク政府が関連安保理決議上の義務を即時かつ無条件に受け入れることを強く求める。これにより、国際社会との関係が正常化され、国際の平和と安全が一日も早く達成されることを改めて強く希望する。また、あわせて、イラク国民の窮状が速やかに是正されることを強く希望する。


 直近の国連安保理決議は日英によるものでして、作成の時点で武装解除が進まなければ「最も重大な結果(severest consequences)」を招くという文言が入りましたが、当時の日本の国連大使はこの文言と武力行使の可能性との繋がりを必ずしも肯定しなかったにもかかわらず、この文言を使ってクリントン政権は空爆します。それでも日本は支持をしました。


 逆にコフィ・アナン国連事務総長や安保理理事国12か国が遺憾の意を表明していました。上記のような背景がある中、小渕総理の政治判断で支持を表明したものだろうと思います。しかも、1996年の時のようなゴチャゴチャした条件付けなしです。


 ここまでは「支持」のケース・スタディですが、1999年3月のコソヴォ空爆の時は違います。


【高村外務大臣談話】

1. 欧米諸国の粘り強い外交努力にもかかわらず、ユーゴスラビア政府の頑なな態度のために、パリ和平交渉においても合意が達成されず、今回のような状況に至ったことは極めて残念である。
2. ユーゴスラビア政府が和平合意案を頑なに拒否し、他方で国連安保理決議に反した行動をとり続ける中で、今回のNATOによる武力行使は、更なる犠牲者の増加という人道上の惨劇を防止するために已むを得ずとられた措置であったと理解しているが、現在、事態の推移を重大な関心をもって見守っている。
3. コソボ問題の最終的解決のためには、ユーゴスラビア政府およびコソボ・アルバニア人の両当事者間の和平合意が不可欠である。ユーゴスラビア政府が、コンタクト・グループの和平合意案を至急受け入れることを強く求めるものである。


 実際、高村外相は爾後、ある場所 で「NATOによるコソボ介入の時に私は外務大臣であったのですが、それに対して私は当時『理解する』と言いました。『支持する』とは言わなかった。オルブライト国務長官から電話がかかってきて、『支持してくれてありがとう』と言いますので、『理解します』と答えたが、これを3回くらい繰り返した。」と語っています。


 この高村・オルブライトのやり取りからも分かるように、「理解」と「支持」との間には相当な差があります。相手が「支持してくれてありがとう」と言ってきているのに、それをあえて打ち消して「理解します」と言い続ける、そういう意味合いがあるのです。直接の担当だったことがないこと、記憶が定かでないことから、正確ではないかもしれませんが、この日本の少し下がった姿勢はクリントン・オルブライトのチームには評判が悪かったような気がします。


 ここまで書くと、今回の「(支持なき)理解」というのがどの程度の意味合いなのかということが分かるでしょう。空爆そのものを「支持」と言いたくなかったけども、アメリカとの関係で少しお化粧する必要があるので「テロとの戦い」は支持と言っていますが、メッセージそのものを読み違えてはいけません。


 つまり、直接「支持」と言えない何かがあったと見るのが正しいでしょう。その判断が、何によってそうなったのかは、実は私にも分かりません。法的論点なのか、国際情勢全般に鑑みてなのか、対アラブなのか、対ロシアなのか、それとも別の理由なのか、分かりません。ロシアが今次空爆に対して慎重、というか「そもそも、アメリカがイラクで空爆した『イスラム国』の連中は、お隣のシリアでは(アメリカが支えていた)反政府活動側に居たではないか。」という批判をしていることも念頭にあったかもしれません。


 いずれにせよ、今回、「理解」という表現に止めたのは、アメリカとの関係を一部犠牲にする可能性を覚悟してでも、「支持」とまでは言えなかったということです。当然、この「理解」という表現は総理決裁を取ったでしょうから、政権内でどういう政策判断があったのかはとても興味深いところです。


 マスコミの方は、唯々諾々と「理解」コメントを記事にするのではなく、「何故、支持ではないのですか?理由は?」と聞くくらいのことはしてほしいところです。