ベネッセの件、個人的にも何度か悩まされた「名簿取引ビジネス」が遂にここまで来たか、と暗澹たる気持ちになります。


 調べていてちょっと驚いたのは、私が昔、1年だけ講師をやっていた「鉄緑会」 という塾がベネッセの傘下に入っていたことです。簡単に言うと「東京大学を目指す塾」でして、本当にすべてがシステマティックに出来ていました。周囲で教えているのは、そういう勉強の手法に慣れている開成、灘、筑駒、駒場東邦卒の大学同窓生ばかり。中学・高校と超我流でしか勉強したことがなかった大学1年生の私にとっては、それ自体が驚きでした。そして、 「そんな自分が講師をやっていていいのか?」と疑問を持っていました。


 入学直後に学生課で見つけた「週1回3時間、時給4000円強」という高報酬に釣られてやりましたけど、その時給は「教えている時間だけ」でして、それ以外の準備とか採点とかは無報酬なので、結果としてそれ程のパフォーマンスの良さはありませんでした。ただ、貧乏学生にとっては「月5万前後の報酬」はありがたかったです。


(今はウェブがあるので大分違うのかなと思いますが、当時の経験から「受験に関し、東京と地方では情報量が違う。」と思います。東京にいると「何をやれば目標に到達できるか。」に関する情報が溢れています。少なくとも私の時代は地方出身者にそういうのはなくて、頭をゴチゴチぶつけながら試行錯誤して、時々全国模試で自分の位置を確認する、これだけでした。その差は今でもありますよね。その分だけ地方出身者は不利なのです。)


 まあ、そんな懐かし話はともかくとして、蘊蓄を一つ。本件は所掌官庁が経済産業省(商務情報政策局サービス政策課)でして、今回も経済産業省がすべての対応をやっています。フツーに考えると、「塾って教育産業だから文部科学省かな」と思うでしょうが違うのです。


【経済産業省組織令】

(サービス政策課の所掌事務)
第八十五条  サービス政策課は、次に掲げる事務をつかさどる。
一  経済産業省の所掌事務のうちサービス業に関する総合的な政策の企画及び立案並びに推進に関すること。
二  経済産業省の所掌に係るサービス業に関する事務の総括に関すること。
三  経済産業省の所掌に係るサービス業の発達、改善及び調整に関すること(資源エネルギー庁及び製造産業局並びに他課の所掌に属するものを除く。)。
四  博覧会、展示会その他参考品及びこれに類するものの収集及び展示紹介に関すること。
五  生涯学習の振興のための施策の推進体制等の整備に関する法律の施行に関すること。


 勿論、何処にも「塾」なんていう言葉は出て来ません。しかし、この所掌事項の中で「塾」を読み込んでいるのです。


 これは、非常に雑に説明しますと、かつて塾の業界団体が存在を認知してもらおうと文部科学省に行ったら、「うちは公教育だけしか所掌しない。」と撥ね付けられ、仕方なく経済産業省に駆け込んだら温かく受け入れてくれたという歴史があります。


 霞が関の常識では、他省庁が堅いことを言うと、経済産業省がそこに入ってくるという掟のようなものがあります。「産業としての医療機器」という概念を厚生労働省が撥ねつけたら、そこに経済産業省がいたというのも分かりやすいケースです。その他にも、通信に関する経済産業省と総務省(旧郵政)のバトルは有名です。


 ということで、公益社団法人全国学習塾協会 という団体は経済産業省との関係がとても深いです。元々の設立が、通産大臣による許可でスタートしています。今は公益法人改革で、主務官庁は内閣府ですけども、色々な指導、権限関係はすべて経済産業省です。すると、とても不思議なことが起きます。例えば、この団体がやっている「読書作文コンクール」 、後援は文部科学省と経済産業省なのです。普通、誰が聞いても「読書作文」と言えば文部科学省だと思うでしょうが、ここにも「塾」という世界を通じて経済産業省が入っています。


 昔は、塾、予備校、通信教育的なものがあまり盛んでなかった事から文部科学省も甘く見たのかなと思います。その後、教育の分野にこれらの産業が事実上不可分な形で入っているのは御承知の通りです。今、文部科学省は、教育分野に経済産業省が(塾等のサービスの視点から)口出しできる状態になっていることに歯軋りをしています(外務省時代、直接の担当ではありませんでしたが、何度か間に挟まれて苦労しました。教育サービスの国際会議に経済産業省がいることが、文部科学省はたまらなく許せないようでブスーッとしていましたね。)。


 今となっては、公教育は文部科学省、塾等は経済産業省という縦割りが確立しています。「変なの」という気がしないわけでもありませんが、かといって、経済産業省には塾産業に関する知見が貯まっていますしね。今更、変えられないのです。