平素よりご指導いただいている、同じ福岡県選出の大久保勉参議院議員が「日本芸術院及び公益社団法人日展に関する質問主意書」を提出していました。この件は、現職時代、東京である記者さんからよく話を聞かされていました。同記者からの示唆も踏まえて、思う所を書き連ねて行きます。


 なお、日展というのは日本美術展覧会の略でして、日本を代表する美術展覧会です。開催主体が公益社団法人日展となっておりまして、元は帝国美術院が開催する官展でしたが、昭和30年代に不正が国会で問題になって以来、社団法人となっています。そして、日本芸術院というのは、上記帝国美術院の流れを汲んでおり、現在は文化庁の特別の機関として、功績のあった芸術家を顕彰する組織となっています。この2つは組織形態上は、全く別の組織です。


 昨年秋、朝日新聞が日展についてスクープを飛ばしました。日展第五科の「書」の分野で、入選、特選等の決定に、日展顧問であり、日本芸術院会員である方が「天の声」を出したということでした。日展自体は誰もが応募できる美術展ですが、その中で入選、特選を決める際に「天の声」があったというのは衝撃的な事実でした。その後、日展は第一次、第二次の調査委員会を設けて、内部調査を進めてきています。第一次の調査委員会では、「書」においては、そういう「天の声」があったと評価し得るとしていますが、第二次調査委員会では、それ以外の日本画、洋画、彫刻、美術工芸ではそういうことはなかったとされています。


 かねてから、この日展の審査プロセスのみならず、日本芸術院賞、日本芸術院会員選考においても、金銭が飛び交うと言われてきており、かつて国会でも何度か取り上げられております。有名なのは日本芸術院会員選考に関するこの本 でして、そのストーリー性から見てとても完全フィクションとは思えません。本の中でも出て来るキャッチフレーズ「先生、一億円撒かなあかんのでっせ」というのは衝撃的です。


 今回、問題になったのは、日展の審査プロセスですが、巷間、入選であれば100万円の謝礼、特選であればもう一つ桁が上がると言われています(真実は知りません。)。そういう中、朝日のスクープは有識者に言わせると「昔から公然の事実として言われていた話」だそうです。文化庁も問題意識を持っていて、下村大臣は「膿を出し切る」とまで言っています。


 そういう中での大久保議員の質問主意書への答弁書を少し見て行きたいと思います(質問答弁 )。


 まず、「一について」ですが、答弁で、第一次調査委員会が、書部門で天の声があったと評価し得るとしていることについて「遺憾である」と言っています。政府から日展にお叱りが飛んだと見ていいでしょう。質問主意書は内閣総理大臣名で帰ってくる答弁です。日展関係者は重く受け止めるべきだと思います。


 「三について」、「四について」及び「五について」では、日展の幹部はほぼすべて日本芸術院会員によって占められており、日本芸術院会員の意向を無視しては日展の審査は行い得ないという視点からの問ですが、あまり目覚ましい答弁はありません。「文化庁は白々しい」と思います。


 ただ、日展の組織日本芸術院会員名簿 を併せて見ていると、会長、理事長、副理事長、常務理事までは、一部例外はあるもののほぼすべて日本芸術院会員によって占められています。これまでの各種報道や国会審議にかんがみれば、書のみならず、日本画、洋画、彫刻、美術工芸においても、日本芸術院会員の意向を無視して日展の審査プロセスが行われ得るとは思えません。冒頭、別組織と書きましたが、事実上、日本芸術院を頂点とするピラミッド構造の中に日展があると言っても差し支えないでしょう。


(なお、日本芸術院は美術のみならず、第二部文芸、第三部音楽・演劇・舞踊といった部門もあります。このエントリーが対象にしているのは、第一部美術のみです。また、日本芸術院会員の美術には、日展関係者のみならず、例えば院展等、別組織から入ってきている方もいます。ただ、美術においてその大多数は日展関係者です。)


 「七の1において」は、日展や日本芸術院の色々なことに関して金銭の授受は、今回、明らかになった日展の「書」以外は「現時点において、具体的に承知しているものはない」という答弁でした。状況証拠や匿名の証言だけであれば山のようにあるのに、政府答弁では「現時点において、具体的に承知しているものはない」ということで、首を傾げる方も多いと思います。官僚経験者的な読み方で行くと、「将来的に」出てくるものを否定しない、「非具体的」には承知しているかもしれない、ということを含意しているのだろうなと推察させます。でなければ、単に「金銭の授受については承知しているものはない。」でバシッと切っていいはずです。役所文書の用語には、すべて意味合いがあって、もっと簡単に言えるのに余計なフレーズが付いている時は、そこに深い意味があることが多いです。


 いずれにせよ、閣議決定した答弁書に「現時点において、具体的に承知しているものはない。」とまで言わせた以上は、日展や日本芸術院関係者は金輪際「金銭の授受」の疑いを惹起するようなことはしてはなりません(元々やってはいけないのですが。)。


 「七の2及び3について」及び「七の5について」では、一般職の非常勤国家公務員である日本芸術院会員については、その職務に伴う金銭の授受(あらゆる形態を含む)は、国家公務員法第99条の「信用失墜行為」に当たる可能性があるということや、場合によっては刑法の贈収賄に当たり得るということが明示されています。民間団体である日展についてはこの規定は当てはまりませんが、少なくとも日展幹部である日本芸術院会員については、その職務の限りにおいて、国家公務員法の懲戒、ひいては刑法の贈収賄に当たることが明らかになっていることは、今後の美術界に大きな重石になるでしょう。ここまで答弁書が出ておいて、今後、カネが飛び交うようなことはさすがにないと信じたいです。


 「八の1について」及び「八の2について」では、日本芸術院の制度が会員が終身であるため、一旦選出されてしまうと、その権威が絶対的なものとして確立してしまうという弊があるという指摘への答弁です。たしかに、日本芸術院と似たところがある、フランスの「アカデミー・フランセーズ」も終身です。ただ、「終身制」であることが、当該会員のその分野における権威を絶対化させ、その結果として日展への入選、特選、日本芸術院賞、日本芸術院会員選考等への影響力を確立している、そしてそこに金銭の授受が介在するおそれがあるという事実は、文化庁もよく考えた方がいいと思います。


 「八の3について」は、文化庁のセンスのなさを示しています。美術の世界で強固なトライアングルが出来ている時、関係者が不正を「通報」する際には相当なリスクがあります。「本当に秘密保持してくれるだろうか」という不安が少しでも脳裏を過っただけで、通報など誰もしません。日展の第二次調査委員会で「書以外はシロ」と出たのは、書は朝日新聞から叩いたから仕方ないけど、それ以外の分野では誰も火中の栗を拾いたがらなかったという証左だと思います。「絶対に秘密が保持される」という確約を与えないで、単に「何かあったらメールしてね」では、現状に問題を感じている心ある美術家は手を挙げてはくれないでしょう。


 最後に、「九について」にある通り、今年の日本芸術院賞は美術については選考が行われませんでした。文化庁から「不祥事が収まるまではダメ」という指示が出たのでしょう。日本芸術院賞は陛下の来られる機会です。そこでの授賞が中止になったということ、日本芸術院関係者はこの重みをよく噛みしめるべきです。


 解決策はとても簡単でして、「日展や日本芸術院賞の審査はフル・ブラインド(審査員、出品者が相互に分からない状態)で行う」、「文化庁から日本芸術院会員に対して、金銭の授受は国家公務員法の信用失墜行為や刑法の贈収賄に当たるということを徹底する。」、「身元保秘を徹底した通報制度を設ける。」、これくらいでいいと思います。そこまでやってダメなら・・・、もうダメでしょう。