(要旨)

・ TPP交渉の「妥結」情報は、官邸内スピンドクターによるリークではないか。

・ 関税交渉は、関税割当(枠内・枠外税率、枠内数量)、セーフガード(発動要件・発動水準)、関税削減・撤廃期間といった諸要素を勘案しながら、国内保護が十分に行えるようにしているはず。

・ そうした品目横断、分野横断的なアプローチを取る中で、全体としての利益最大化を追求することはとても大事。

・ 豚肉の差額関税制度は、基準価格を下げ過ぎてしまうとそもそも意味がない。制度改革を考えるべき。


(本文)

 TPP交渉について、色々な報道があります。読売、TBSは「事実上合意」という報道をしています。かなり突っ走っているような感じがある一方、内閣官房から厳しいコメントが出ているにもかかわらず一向に止める気配がありません。相当な自信です。


 何となくの予想ですが、私は、官邸内スピンドクターがこれら報道各社との貸し借りの中で「特ダネ」を提供しているのではないかと見ています。つまり、過去に政権に都合の悪い記事を止めてもらう時に「今度、特ダネを取らせるから。」と約束したお返しをしているような気がします。相当に確たるソースから情報入手しないと、あそこまでの自信は無理だと思います。邪推かもしれませんけど。


 ところで、今、関税分野で色々な交渉をしていると思いますが、甘利大臣は「複雑な方程式」と言っていました。これだけでは何のことか分かりにくいですが、多分こういうことです。なお、以下に書くことは先日、日本農業新聞にも書いてありました。あの「通」ぶりは特筆されます。


 自由化の方式には色々なやり方があります。まず、一番単純なのは関税を下げる、又は撤廃するということです。ただ、一気に関税下げをやることが難しい時には色々な別技があります。


 最近の流行りは「低関税枠を広げる」、専門用語では「関税割当枠(アクセス枠)の拡大」ということになります。これは、今止まっているWTOドーハラウンド農業交渉でも主流となっている考え方です。


 具体的に言うと、現在低関税枠(関税割当)を設定している品目があるとします。一定の数量については低関税を設定し、それを超える分については高関税を課している品目です。日本で言うと、コメなんかは典型的です。そして、高関税分の関税下げ幅を抑えるのであれば、設定している低関税枠の数量を増やせということです。


 そして、ドーハラウンド交渉のフォーミュラでは、関税下げ幅を抑えれば抑えるほど、低関税枠の数量の増分が増えます。TPPでも同じ議論をしているはずです。正に「高関税枠の税率が何処まで下げられるか」を見極めながら、国内保護をきちんとやれる水準を確保しつつ、低関税枠の数量拡大幅を出来るだけ抑えたいということです。ここが甘利大臣の言う複雑な方程式(の一つ)です。


 これとの関係で難しいのが、国家貿易品目であるコメ等です。政府統一見解では、低関税枠を国家貿易で管理する場合、低関税枠の数量全量を輸入しなくてはならないとなっています。つまり、枠が拡大したら全部輸入で引き受けますということです。しかし、ここでいう低関税枠というのは「アクセス機会の提供」なのです。国内市場に低関税でアクセスする機会を提供するだけのはずなのに、日本は全量輸入というルールを採用しているため、普通の国が考えるよりも遥かに重いコミットメントになります。私はこの政府統一見解を真摯に見直すことをした方がいいと思います。


 セーフガードについても同じです。セーフガードというのは、急激に輸入数量が増えたら、一時的に関税を上げても良いというルールです。関税を引き下げる時に設けられます。今で言うと、牛肉は38.5%の関税で輸入していますが、輸入量が急激に増えると50%になります。


 これについても複雑な方程式がありまして、どの程度の数量が増えたら、どういう要件で、どの程度の関税上げを認めるかというすべてのパラメーターを考慮しなくてはなりません。関税の下げ幅が小さければ、すべてのパラメーターは厳しめになるでしょうし、関税撤廃すればセーフガードの発動しやすさがアップする、そんな感じです。


 その他にも、関税削減(撤廃)期間をどの程度にするのかといった論点もあります。期間が長ければ長いほど、相手への旨味は減るわけでして、関税下げ幅で上積みを要求されたり、他品目での要求が強くなるということがあるでしょう。


 こういった多くの要素を絡めながら、品目横断的に判断していく交渉を甘利大臣は「複雑な方程式」と呼んでいます。正しいと思います。そして、正に交渉は「Nothing is agreed until everything is agreed.」ですから、何処かだけが部分的に纏まるということはありません。「牛肉でこの程度だから、コメはこの程度で。」というのみならず、「農業分野でこの程度だから、自動車ではこの程度で。」といったことになります。こういう品目横断、分野横断的に、もっと言うと官庁の縦割り所管を越えてやっていく必要があります。その観点からも、担当大臣が1人に纏まっている意義を痛感します。


 最後に一言。豚肉の差額関税制度で、基準値をキロ50円にまで下げると読売やTBSは報じています。今は400円を超えています。これは、輸入価格がどの水準であろうとも、基準値との差額を全部関税で持っていくという、すべての価格努力を否定する制度です。この基準値をキロ50円にまで下げるということは、キロ50円以下で輸入されてくる豚肉については、キロ50円との差額を全部関税で持っていくということになります。しかし、さすがにそんなに安い豚肉は殆どないでしょう。つまり、この部分については関税撤廃になってしまいます。本当にそうなるのであれば、もはや無理をして差額関税制度を維持する意味はないと思います。素直に「●%」という通常の関税の掛け方をする方向に舵を切って、「●」を大きく確保する方にした方がすべきです。「差額関税制度は維持しました」という屁理屈を守るために、無駄なことをしてはいけません。


 色々と書きましたが、相当に苦しい交渉をしていることでしょう。交渉チームの健闘を祈ります。