(要旨)

・ TPPは失速するかもしれない。

・ 今こそ、TPP以外の自由貿易交渉を進めるべき。

・ アメリカ政府が議会から取り付けるTPA(貿易促進権限)の有無はTPP交渉にとって重要だが、誇張しすぎてはいけない。

・ 日本の攻め所が自動車だけに集約しているように見えることを懸念。

・ 国内議論が偏って深まっている感じがする。


(本文)

 TPPは纏まりませんでしたね。日本側は鹿児島2区補選を直前に譲歩できるはずもなく(意味のない譲歩は補選があろうが無かろうがやるべきではありませんが)、アメリカのフロマン通商代表はそもそも「押せ」以外のマンデートを持っていなかった可能性が高いです。甘利大臣の顔を見ていると、相当にフロマン通商代表は高圧的かつ乱暴にやったようです。


 思ったことを五月雨式に書いていきます。本当に雑多なことを書いていますので、ご容赦ください。


● 多分、TPP交渉は相当にモメンタムを失う。

 これだけの大舞台を用意したのにダメだったのですから、暫くは動きが鈍くなるでしょう。


 しかも、アメリカは中間選挙に入ってきます。オバマ大統領の民主党は、下院では敗北が確実、現在多数を握る上院でも少数になる可能性ありです。そうなってしまえば、最後の2年のオバマ政権では動かしにくくなるでしょう。


 「下手すると、次の大統領選挙まではクールダウンし、次の大統領のキャラクター次第ではそのままお蔵入りになる。」という可能性すらあると思います。


● だからといって、自由貿易への歩みを止めていいということではない。

 折角ですから、ガンガンTPP以外の自由貿易協定交渉を進めて行けばいいと思います。EUとのものが課題になります。例えば、以前書いた「地理的表示」、豚肉あたりでEUと折合ったりしたら、アメリカも焦ってくるでしょう。本当は日中韓も進められればいいのでしょうけど、現時点では難しいかもしれません。


 ともかく、自由貿易の取組というのは自転車を漕ぐようなものでして、漕ぐのを止めると倒れてしまいます。アメリカと競合する可能性がある産品について、EUやそれ以外の国とどんどん纏めて行くことが良いと思います。


● 貿易促進権限(TPA:Trade Promotion Authority)について。

 アメリカの憲法では、「通商を規制する」権限は議会にあります。アメリカという国の黎明期に出来た古臭い規定なのですが、これを根拠に通商交渉は議会に権限があります。日本のように、政府が交渉して、出来あがった条約について国会が承認するかどうかの権限しかない、という体制ではありません。


 最近、よく取り上げられるTPAとは、これを日本と同じような状態に持っていく一括法です。交渉の細部について逐一議会の承認を得るということではなくて、政府に交渉権限を与え、議会はそれを受け入れるかどうか、という状態にする法律が今、オバマ政権では通っていません。


 ただ、TPAが通っていないから、(一括授権されていない)フロマン通商代表との協議は無駄だみたいな議論がありますが、そこまで言うのも言い過ぎかなと思います。これまでTPAがなくても、多くのFTAをアメリカは結んでいるわけですし、いずれにせよ、議会には承認するかどうかの権限はあります(当たり前です)。


 TPAがない時に起こり得るのは、交渉の細部について議会がケチを付けてくるということです。だけども、TPAがあっても最終的に議会でハネられることだってあり得ます。TPAがあった方が行政府としての「交渉時点での」自由度は高まると思いますが、だからといって「最終的には」議会を意識せずにやれるわけでもありません。


 したがって、「TPAがないから、フロマン通商代表は議会を意識し、強硬にならざるを得ないのだ。」というような見方は半分以上間違っていると思います。TPAがあろうがなかろうが、フロマン通商代表は強硬でしょう。


● 日本は「自動車の関税」以外にタマがないのか。

 私は報道でしか情報を入手していませんが、報道の限りでは日本の「押し」のネタが自動車の関税に集約されているような印象を受けます。自動車の問題はとても重要ですけども、それだけで戦おうというのもおかしな感じがします。


 もう、交渉がここまで来ている時に、こんなことを言っても仕方ないのかもしれませんが、もっと多種多様な攻め所を出して、フロマンを押し返すことがあってほしいと思います。個人的には「政府調達の州レベルでの開放はどうなった」、「ダンピング課税での改善を求めろ」、「アメリカの輸出信用を叩け」等、色々なことを思います。


 日本で政令指定都市まで開放している政府調達、アメリカでは州レベルですらまだまだ未開放のところがあります。ダンピングについては、30年以上廉価販売を指摘され課税措置が続いている日本の鉄鋼企業があります。輸出信用は輸出補助金的効果があります。輸出補助金的要素の強い政策が残るのに、こちらだけ関税撤廃とはおかしいでしょう。


● どうも国内の議論がおかしい。

 TPPをめぐる国内の議論がおかしいような気がします。メリットとデメリットを並べて議論する人がいないのです。メリットを言う人は、若干の勉強不足でして「自由貿易はいいことだ」的な総論に留まっていることが多いです。それでは、とてもよく勉強しておられる慎重派、反対派の方には勝てません。慎重派、反対派の方については傾聴する意見もありますが、一部に「トンデモ論」が多い気がします。


 テレビを見ていると、推進派も慎重・反対派もいわゆる「有識者」の淘汰が進んできたなという感じがあります。最近、思うのは「(賛成、反対いずれも)極論を唱える論者をテレビが使いにくくなり、結果として、あまり詳しくないコメンテーターのコメントが増えた。」ということです。


● 噛み合わない議論:医療関係を例に

 一例を挙げると「医療とTPPの関係」です。「噛み合ってない」最たるものです。


 公的医療保険そのものは、いわゆる「サービス貿易」という分野からは外れます。なので、「公的医療保険(国民皆保険)は交渉対象ではない。」というのは正しいです。一生懸命真正面からそこを突いている方が多いですが、そこをどんなに突っついても何も出て来ません。


 では、公的医療制度「全体」について何の影響もないかというとそうではありません。医薬品や医療機器へのアクセスを増やすとかいったことは大いに入りこんできます。それ自体は公的なサービスではないからです。


 また、民間保険のカバレッジの範囲を高め、そこに参入したいというのもあるでしょうが、日本の医療における民間保険のカバレッジの範囲というのを通商交渉で議論することはありません(通商交渉で議論するのは、仮にカバレッジが広がったとする時にそこに外資として日系保険会社と対等条件で参入できるかどうかということです。)。そこはガイアツというよりは、財務当局が公的医療保険のカバレッジを下げたいと思っているということでしょう。


 公的医療保険が直接チャレンジされるわけではない、ただ、医薬品アクセス等を通じた周縁部分から色々なチャレンジが来るから要注意、なお、公的医療保険と民間保険のカバレッジのバランスについては財務省とお話あれ、ということだと思います。


● メリット論で落ちているもの:原産地規則

 逆にメリットについては、日本の貿易構造が今、部品輸出的なところにシフトしていっていることを考えれば、「原産地規則」をもっと議論すべきです。


 日本産の部品で、他のTPP参加国で作った製品を、また、それ以外のTPP参加国に輸出する時、それはTPP内産品ということで関税ゼロにする、ということをきちんと担保できるようにしていくことの重要性が議論されないのが不思議でなりません。


 二国間のFTAの積み上げですと、例えば、日本からシンガポールに関税ゼロで部品を輸出して、シンガポールで加工してアメリカに輸出しようとしても、(部品が日本産であるため)その製品がシンガポール産だとみなしてもらえず、米・シンガポールFTAの関税ゼロを享受できないというおそれがあるのです。


 面でやるTPPの、その「面でやること」の意義をもう少し取り上げてはどうかと。


● 豚肉の差額関税は本当に見直すべき

 何度も書いていますので細かくは書きませんが、すべての価格努力を否定し、脱税を促す最悪の制度です。


 フラットな従価税(簡単に言うと、パーセント換算するということ)にすべきだと思います。どの程度の数字で関税率を設定するのかは難しいところですが。なお、昔、豚肉輸入全体との関係では平均的に30%くらいの関税になっていると聞いたことがあります。なので、あれこれと数字を操作して、50%くらいで設定すればいいと思います。


 また、思い出したことがあれば書き残します。