【今日書くことは、コメ農家、ひいては日本農業に決定的な意味合いがあるはずですが、その一方で難解です。出来るだけ分かりやすく努力しますが、小難しいとの批判は甘受します。条文の引用は備忘録的なところがありますので、飛ばしていただいて結構です。】


(要旨)

・ TPPで、コメの輸入についてアメリカに優遇枠を出すというのは、国内のコメ需給、国際法、アメリカ以外の輸出国との関係で必ず何処かで頭をぶつけてしまう。

・ 特にコメ輸入は国家貿易で、その運営はGATT17条に規定する「商業的考慮のみに従って」やらなくてはならない。商業的考慮のみに従ってやるのに、事前に優遇枠を出すというのは矛盾する可能性大。


(本文)

 ある知人から「TPPでアメリカのみにコメの輸入優遇枠を出すのは、WTO協定違反にならないか。」という指摘がありました。とても良い指摘です。


 まず、現行ミニマム・アクセスの枠内か、枠外かでかなり違うような気がします。


 現行のMA米の外枠として新規に優遇枠を出す場合ですが、まず、コメの国内需給に相当な影響を与えるでしょう。現行が玄米ベース(普通は精米で計算しますが、国内配慮上、数字を大きく見せたいから玄米ベースにしています。ここ要注意です。)で76.7万トンです(精米ベースだと68万トンくらい)。これで新規に外枠で足すと、多分国内生産量の10%近くまで行きます。国内生産者への影響は甚大です。


 なお、アメリカ優遇ということではなく、一般的な枠の拡大ということについては、WTO農業交渉でも枠の拡大の議論はありました。2008年くらいの(たしか)若林農相の時代です。かなり、WTOドーハラウンド交渉が妥結に近づき、その時、日本は枠の拡大で腹を括った節があります。その時の考え方とか知りたいですけどね。絶対に教えてくれないでしょうけど。


 しかも、コメの輸入は現在、国家貿易で農林水産省が一元的に管理しています。それにはルールがあります。簡単に言うと、「国家貿易をやる時は、商業的考慮のみに基づいてやれ。」と決まっています。


【GATT第十七条 国家貿易企業】

1.
(a) 各締約国は、所在地のいかんを問わず国家企業を設立し、若しくは維持し、又はいずれかの企業に対して排他的な若しくは特別の特権を正式に若しくは事実上許与するときは、その企業を、輸入又は輸出のいずれかを伴う購入又は販売に際し、民間貿易業者が行う輸入又は輸出についての政府の措置に関してこの協定に定める無差別待遇の一般原則に合致する方法で行動させることを約束する。
(b) (a)の規定は、前記の企業が、この協定の他の規定に妥当な考慮を払つた上で、商業的考慮(価格、品質、入手の可能性、市場性、輸送等の購入又は販売の条件に対する考慮をいう。)のみに従つて前記の購入又は販売を行い、かつ、他の締約国の企業に対し、通常の商慣習に従つて前記の購入又は販売に参加するために競争する適当な機会を与えることを要求するものと了解される。
(c) 締約国は、自国の管轄権の下にある企業((a)に定める企業であるかどうかを問わない。)が(a)及び(b)の原則に従つて行動することを妨げてはならない。
(以下、略)


 商業的考慮のみに従ってやるのに、予めアメリカに優遇枠を出すというのはそもそも論理矛盾ではないかという批判が容易に想像できます。まず、ここで頭をぶつけます。


 では、現行のミニマム・アクセスの内枠でアメリカ優遇をする場合ですが、これが難しい。そもそも、現在、コメは枠内関税ゼロ(日本に輸入した後、国内価格との差として課徴金を取りますがこれは関税ではないとの整理です。)ですから、「優遇」するというのはどういうやり方になるのかもよく分かりません。アメリカ分だけ関税を下げるといっても下げようがないでしょうし、マークアップをアメリカ分だけ下げるというのは、それこそWTOの基本原則である最恵国待遇に反するような気がします。国内に入った「後」に課すマークアップですから、国内に入った品を差別することはGATTで禁じられているはずです。


 あと、ミニマム・アクセスの管理については、GATT13条の適用があります。この規定を読んでみると、アメリカだけに巨大な割当枠を出すのは相当に難しいと思います。ただ、規定をギリギリ詰めてみるとやれなくもないのかな、どうかなとも頭を悩ませます。


【GATT第十三条 数量制限の無差別適用】

(略)

2. 締約国は、産品に対して輸入制限を課するに当り、その制限がない場合に諸締約国が獲得すると期待される取分にできる限り近づくようにその産品の貿易量を配分することを目標としなければならず、このため次の規定を遵守しなければならない。

(a) 可能なときはいつでも、輸入許可品の総量を表わす割当量(供給国間に割り当てられているかどうかを問わない。)を決定し、かつ、その総量を3(b)の規定に従つて公表しなければならない。 (b) 割当量の決定が不可能である場合には、割当量を定めない輸入の許可又は免許によつて制限を課することができる。

(c) 締約国は、(d)の規定に従つて割り当てられる割当量を実施する場合を除くほか、当該産品を特定の国又は供給源から輸入するために輸入の許可又は免許を利用することを要求してはならない。

(d) 供給国間に割当量を割り当てる場合には、制限を課している締約国は、割当量の割当について、当該産品の供給について実質的な利害関係を有する他のすべての締約国と合意することができる。この方法が事実上実行不可能な場合には、関係締約国は、その産品の供給について実質的な利害関係を有する締約国に対し、その産品の貿易に影響を及ぼしたか又は及ぼしているすべての特別の要因に妥当な考慮を払い、過去の代表的な期間中にその締約国がその産品の輸入の総数量又は総価額に対して供給した割合に基いてその産品の取分を割り当てなければならない。いずれかの締約国が前記の総数量又は総価額のうち自国に割り当てられた取分の全部を使用することを妨げるような条件又は手続は、課してはならない。ただし、輸入が当該割当量に関する所定の期間内に行われることを条件とする。

(略)

4. 2(d)の規定又は第十一条2(c)の規定に基いて課せられる制限に関し、産品に関する代表的な期間の選定及び産品の貿易に影響を及ぼしている特別の要因の評価は、当該制限を課している締約国が最初に行わなければならない。ただし、その締約国は、その産品の供給について実質的な利害関係を有する他の締約国又は締約国団の要請を受けたときは、決定した割当若しくは選定した基準期間の調整の必要について、関係のある特別の要因の再評価の必要について、又は適当な割当量の割当若しくはその割当の無制限使用に関して一方的に設定した条件、手続その他の規定の廃止の必要について、当該他の締約国又は締約国団と直ちに協議しなければならない。

(略)


 いずれにせよ、上記のGATT17条の適用により、内枠であろうとも当然、商業的考慮のみに従わなくてはなりません。そういう中、現行の実績を大きく上回るようなアメリカ優遇枠を出すのはとても難しいことだと思います。現行の実績ですら、本当に商業的考慮のみに基づいているかどうかが怪しいのに、それを超える枠を出していると、他の輸出国からWTOで訴えられます。


 しかも、上記で書いたように、関税で差を付けることが出来ないのです。となると、アメリカ産を優遇するための「神の手」が必要になります。もうそこまで行くと無茶苦茶です。国際ルールもへったくれもありません。


 そもそも論ですが、ちなみに、アメリカは「事実上」今のミニマム・アクセス枠の50%以上を確保していて、かなり既得権化しています。更にミニマム・アクセス枠内で優遇しようとすると、枠全体の70%とか75%を要求するのではないかと思います(数量的には玄米ベースで20万トン弱の増になります。)。それはさすがに無理だと思います。他の輸出国が怒り出すでしょう。そう考えると、新規外枠かなという気もします。


 ということで、コメに伴う国際ルールを少しあれこれと書いてみました。どの手法を取っても、優遇枠なるものを作ろうとすると必ず頭をぶつけます。そこには自由貿易の要素はありません。どちらかというと、どう国際ルールをかいくぐるかという世界です。