【以下はFBに書いたものを加筆して転記しています。】


 北極海の捕鯨で、国際司法裁判所(ICJ)は日本の調査捕鯨が、国際捕鯨取締条約の第8条で規定される調査捕鯨との関係で、「科学的調査の目的で」に当たらないという趣旨の判決を出しました。12対4でして、結構差が付いたなという感じがします。


 判決は長いので、ICJのプレスリリースを読んでみると、つまりは「目的」に当たらないやり方でやっているということを指摘されています。これで判決が出るときついですね。非殺傷的手法の可能性を追うべし、捕獲量が多い、タイムフレームを明確に、みたいな指摘です。これを素直に読むと、今の日本におけるやり方は相当程度フタをされてしまいます。


 しかも、今回は北極海でしたが、同じ論理は北西大西洋での捕鯨にも当てはまります。近年、北極海での捕鯨は数量が減っており、北西大西洋の方が多いですけど、北西大西洋で同じような訴訟が起こされるとかなり厳しいでしょう。


 ただですね、そもそも、この国際捕鯨取締条約は鯨の資源を有効活用することを前提とした条約なのです。ここは日本の中でも、あまり知られていません。ちょっと長いですけど、条約の目的・理念に当たる前文ではこう書いてあります。


(なお、この国際捕鯨取締条約の和訳が外務省サイトや農水省サイトで見つけられませんでした。何か特別な意図でもあるのかな、と疑ってしまいます。)


【国際捕鯨取締条約前文(太字、下線は緒方が付したもの)】

正当な委任を受けた自己の代表者がこの条約に署名した政府は、 ...

鯨族という大きな天然資源を将来の世代のために保護することが世界の諸国の利益であることを認め、

捕鯨の歴史が一区域から他の地の区域への濫獲及び1鯨種から他の鯨種への濫獲を示しているためにこれ以上の濫獲からすべての種類の鯨を保護することが緊要であることにかんがみ、

鯨族が捕獲を適当に取り締まれば繁殖が可能であること及び鯨族が繁殖すればこの天然資源をそこなわないで捕獲できる鯨の数を増加することができることを認め、

広範囲の経済上及び栄養上の困窮を起さずにできるだけすみやかに鯨族の最適の水準を実現することが共通の利益であることを認め、



これらの目的を達成するまでは、現に数の減ったある種類の鯨に回復期間を与えるため、捕鯨作業を捕獲に最もよく耐えうる種類に限らなければならないことを認め、

1937年6月8日にロンドンで署名された国際捕鯨取締協定並びに1938年6月24日及び1945年11月26日にロンドンで署名された同協定の議定書の規定に具現された原則を基礎として鯨族の適当で有効な保存及び増大を確保するため、捕鯨業に関する国際取締制度を設けることを希望し、且つ、

鯨族の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序のある発展を可能にする条約を締結することに決定し、

次のとおり協定した。

【引用終了】


 読んでいただければ分かりますが、鯨資源を適切に保存した上で捕鯨産業を発展させることが目的となっているのです。別に「捕鯨を禁止する条約」ではありません。


 ただ、条約の色々な規定を利用して、事実上禁止しようとしているのが現状です。そして、今、日本が行っているのは、商業捕鯨とは全く別物の「調査捕鯨」です。根拠規定は、国際捕鯨取締条約第8条です。


【国際捕鯨取締条約第8条】
1. この条約の規定にかかわらず、締約政府は、同政府が適当と認める数の制限及び他の条件に従って自国民のいずれかが科学的研究のために鯨を捕獲し、殺し、及び処理することを認可する特別許可書をこれに与えることができる。また、この条の規定による鯨の捕獲、殺害及び処理は、この条約の適用から除外する。各締約政府は、その与えたすべての前記の認可を直ちに委員会に報告しなければならない。各締約政府は、その与えた前記の特別許可書をいつでも取り消すことができる。
(以下略)


 ただ、この調査捕鯨というのは、いわば「裏技」です。「裏技」ですから、やはり「科学的研究のために」という制限が掛かり、そして、それはかなり限定的に解釈されている、それが今回の判決に反映されています。


 今、日本は「科学的研究」の装いを取り繕おうと一生懸命やっていますが、理屈だけから言えば、本来は真正面から商業捕鯨を訴えて行くべきなのです。それが本筋だと思います(感情的議論が横行する中、理想論ですけど。以下、理想論ばかりを言います。)。


 今、日本がやるべきは「法的な議論」だと思います。国際捕鯨取締条約の前文を見る限り、法的には戦えるツールは揃っています。今、国際捕鯨委員会(IWC)ではすべての挙証責任が日本に来ています。しかも、この判決が出てしまった以上は「科学的研究であるかどうか」で競い合うのは苦しくなってきます。量は減らさなくてはならないし、非殺傷的手法を使い始めては、日本の鯨食文化は立ちいかなくなります。


 むしろ、オーストラリア等に「この条約は、鯨資源を有効活用することが前提となっている。資源の保存が確保されれば有効活用することが出来ることは条文上明らかである。それはいつなのか?」という問いかけをしていくべきです。「When will such an opportunity come?」と問いかけて、相手に応えさせるような仕掛けが出来ないかな、と理想論ながら思います。


 これは事務的に聞いても、ゴニョゴニョ言うでしょう。閣僚クラスで、オーストラリア、ニュージーランドを始めとする反捕鯨国のカウンターパートに詰め寄ることが必要です。関係閣僚が、もう少しこの条約を勉強して、ひたすら条約の条文に基づいて相手にズバッと切り込むことはすべきでしょう。それでもゴニョゴニョ言うでしょうけども、結構答えにくい問になると思います。


 感情論で戦っても、今のIWCの構成を見ていると、あまり勝ち目はありません。国際司法裁判所で、調査捕鯨に対して法的に厳しい意見が出た以上、もう一度制度の本義に立ち返って、閣僚クラスで理詰めでガンガン攻め込んでいき、相手に挙証責任を転換していく戦略変更をしてはどうかなと思います。


 「欧米だって家畜の殺傷をやっているではないか。」、正しい議論なのですが、こういう情緒的な言い方では進展は絶対にありません。理詰めで相手を追いつめるやり方をしていく方が、相手が苦しくなってくるでしょう。


 まあ、上記は理想論でして、IWCでは感情的な議論が横行しているので、そうそう簡単でないことは分かっています。あくまでも、頭の体操として一文書き残しておきます。