Facebookの方には何度か書きましたけど、イラク核問題が相当にこじれています。主役の一人はローラン・ファビウス仏外相です。


 ファビウス外相はイランの核開発に相当に強硬な姿勢を取ったみたいです。フランスが問題視しているのは、(1)イラン中部のアラクに建設中の重水炉でのプルトニウム製造(の可能性)、(2)既に20%まで濃縮したウランの存在、(3)更に一般的に濃縮行為という3点だとされています。これに対応がなされない限り、制裁解除等に応じるべきではないということで、P5+1(安保理理事国+ドイツ)の中で際立って強気の姿勢です。


 逆に穏健派と言われるイランのロウハニ大統領は「濃縮の権利は絶対に放棄しない」と国内向けに言っており、ファビウス外相との間の乖離は大きいなという気がします。フランスは「 今回緩い暫定合意をしてしまったら、その間に核開発が進んでしまう。」と言っています。これはオランド大統領の裁可を得ていますが、フランスの左派の中でも左派色が強いファビウス外相ならでは、ということかもしれません。このあたり、外交でも右派、左派の違いが見えるところは、とても興味深いことです(「外交は継続性が大事」という言い回しを唯唯諾諾と受入がちな日本との違いです。)。


 ただ、今回の交渉不調、アメリカではネオコンや保守派がフランスの強硬姿勢を評価しているというのは奇妙な符合です。マケイン上院議員はツイッターで「Vive la France(フランス、万歳)」とまで書いているのを見ると、イラク戦争で対立した時とはかなり様相を異にしています。


 欧米の交渉筋は表向きにはノーコメントですが、匿名で「これまで何ヶ月も議論してきたのに、最終盤で出張ってきて、交渉をかき混ぜやがって。」とボヤいていて、ついでに「ファビウス外相はメディアに出たがりで、おまけに話し過ぎる。」とも言っています。逆にフランス側は、アメリカのケリー国務長官とイランのザリーフ外相間で合意しかかったものに対して、「ケリー国務長官は一度も見たことのない文書を突然P5+1に持ち込んできた。」と反発しています。何となく、交渉の取り進めぶりにも混乱があったことを窺わせます。


 爾後も、ファビウス外相は相当に厳しいポジションを取っていますね。アメリカ筋が「フランスは孤立している。どうせ、最後は追随してくる。」的なことを言ったようですが、これに対してファビウス外相は「フランスは孤立もしてないし、追随者にもならない。フランスは独自の立場で行く。(La France n'est ni isolee, ni suiviste. Elle est independante.)」と言いながら、強気の姿勢を貫いています。


 あまり、ファビウス外相について知らない方も多いでしょうから、ちょっと紹介しておきますと、 若い時からフランス左派のホープでした。ミッテラン大統領の秘蔵っ子と言われておりまして、30年前の1984年に37歳で首相をやっています。ナポレオン以来の若い宰相と言われました。ただ、首相在任時のエイズ薬害事件で、政治的なダメージを負いました(服毒の罪で起訴され、最後は無罪でしたが政治的なダメージは大きかったです。)。国会議長、社会党第一書記等、有力ポストを歴任しましたが、大統領にはついぞなれませんでしたが、(政治家としては遥か後輩である)オランド大統領としても立てなくてはならない大物です。いずれにせよ、あの外相と議論して勝つのは至難の業です。


 しかし、私の経験からすると、こういう時、普通はフランスは自国の経済的利益を確保する方に動くことが多いのです。フランス財界は、制裁後に縮小してしまったイランでのビジネスに復帰したくて仕方ないというのが本音です。制裁後、自ずとイラン市場でのシェアがどんどん下がっています。特にプジョー、ルノーの自動車市場では、どんどん中韓が出てきていて席巻されています。かつて、アフマディネジャード大統領がプジョー504に乗っていたくらい、食い込んでいました。制裁緩和に対する国内の要望は強いはずです。対外貿易省には「イラン室」を作って、ゴーサインが出たらすぐにでもビジネス拡大をするために準備をしているそうです。


 また、余談になりますが、サッダーム・フセイン時代のイラクではフランスは儲けていました。まず、対イラク制裁の時期、国連は1996年に「オイル・フォー・フード」という制度を導入しました。これは何かと言うと、イラクの石油を国連管理下で輸出して、その代金をこれまた国連が管理して、イラク側が出すショッピング・リストを逐一国連の制裁委員会で承認して、石油代金から払うということです。つまりは石油を輸出しても良いし、それで外国からモノを買っても良いけど、すべて国連の管理下でやるということです。


 そろりそろりとスタートするのが日本です。結局、最後の最後までオイル・フォー・フードに大きく日本が関与し(儲け)たということはなかったように思います。しかし、フランスは違いました。まず、石油輸出によって得たお金を管理する銀行がBNP(パリ国立銀行)のニューヨーク支店でした。これはおいしい話だったはずです。イラクの石油代金ですから数千億円のお金の管理を任されることになるわけです。手数料、運用利益だけでも相当にBNPは儲かったはずです。イラク制裁の制度を運用するための銀行がアメリカやイギリス資本ではやはり拙いという判断があったのでしょう。そこに「じゃあ、私が」ということで如何にも中立的な顔をしながらフランスが入ってきたわけです。そういうスキマ産業(スキマというには膨大なビジネスですけど)にコソッと入って大儲けするのはいかにもフランスらしいです。


 しかも、フランス政府自身、このオイル・フォー・フードを「フランス企業に儲けさせるチャンス」だと思ったのです。ここが「制裁で儲けるなんて不謹慎な」と思いがちな日本との違いでしょう。フランス外務省は当初から企業向けに制度を詳細に説明して、「こうやればイラクでビジネスが上手く行きますよ」ということを懇切丁寧に説明したようなのです。そもそも、制裁というのは規制の最たるものです。規制のあるところには常に市場の歪みに伴うレント(不労所得)が生じます。そのレントをどう配分するかというところで一番良いとこ取りをしようとしたのです。エルフ(Elf)とか、ブイグ(Bouygues)みたいなフランス企業は制裁下のイラクでかなりのプレゼンスを確保していました。


 それと比較すると、今回のファビウス外相の強硬姿勢、どういう経緯なのか興味深いです。イランと裏取引をしている節はありません。イランの国内では、ファビウス外相を批判する報道一色です。Facebookのファビウス外相ページでは、イランからの「Shame on You, Fabius.(恥を知れ、ファビウス)」的な書き込みが満載です(ペルシャ語で書かれているものが多いので、よく分からないものも多いですが)。結構、ガチンコなのではないかと思わせます。


 そうやって見ていくと、アラク重水炉の開発進展(とプルトニウム抽出)、ウラン濃縮、いずれも堅いポジションを貫くフランスとイランの一致点は見出し難そうです。11月20日に再開される協議は難航するだろうなと思います。