TPPについて、これまで言われてきたことの中に「既に参加国間でFTAが存在しているものについては、TPPよりもそのFTAを優先する」というルールがあるということがありました。これはアメリカが(既にFTAを結んでいる)オーストラリアとの関係で、(FTAで守り切った)砂糖等の分野で交渉をリオープンしないために編み出された理屈です。一度オーストラリアとの間で仕切った砂糖等での取引を、またTPPで攻め込まれてはたまらないし、南部地域の議員との関係が持たないという背景があります。


 私はこういうTPPに関する一般的なルールが、巷間話されている事は知っていますが、真の意味でTPP交渉参加国で合意されているかどうかは知りません。既存のFTAがあるものについては、それ以上の深掘りをしないということであれば、TPPは意外に目線の低いものになっていくこともあり得るわけでして、そんな合意が交渉参加国間であるとは私には思えませんでした。


 ただ、このルールは日本でも使えるところがあるかなと思っていました。それは日豪の関係においてです。日本が農業で一番きつい交渉相手国はアメリカではありません。幾つかの産品で圧倒的な競争力を有するオーストラリアです。なので、日本はオーストラリアとの関係ではTPPの場で議論するよりも、二国間FTAで合意を取り纏めて、TPPではそれ以上深掘りをしないということに出来るかなと思っていました。そういう意味で、オーストラリアとの関係で既存のFTA以上に深掘りをしたくないアメリカと思惑を一致させる可能性があったわけです。


 しかし、TPP交渉入りに先立ち、日豪の交渉は纏まりませんでした。FTAで農産品に対する要求をピン止めして、それ以上の深掘りをさせないところまでは行っていません。今後、TPP交渉で今日豪で交渉しているFTA以上の要求が出てくることもあるかもしれません。それは若干残念ではありますが、オーストラリア側に日豪FTAのこれまでの成果に不満があって、それをTPPで更に深掘りしてやろうという動機があるとするならば尚更です。


 であれば、日本にとっては「TPPよりも既存FTA優先」といったルールは、最難関国オーストラリアとのピン止めに役立たない以上、何の恩恵もないのであって、もはやこんなルールに拘泥する必要はないでしょう。


 実は日本は既にTPP交渉参加国であるメキシコ、ベトナム、マレーシア、シンガポール等とはFTAが存在しています。「TPPよりも既存FTA優先」なんていうルールを適用したら、少なくともこれらの国とは追加的な関税交渉を殆どやらないということになるわけです。それはそれで、関税削減・撤廃を迫られる業界的にはいいのかもしれません。 ただ、日本として深掘りして取りたい分野が取れないので、それらの国との間では特に関税分野ではTPPによる新味は殆どないということになります。


 しかし、日本の既存のFTAは除外品目が多いものばかりであり、である以上、相手国も日本の得意な自動車等で関税を下げないため、結果として日本としても取りたいものが取れてないFTAがたくさんあります。既存のFTAがあるから事足りるということでは全くなく、関税の相互撤廃率が低いために、更に深掘りをしたいFTAばかりです。例えば、日本製の自動車は(既にFTAを締結している)ベトナムでは関税が78%です。日・ベトナムFTAではここに手を付けることができませんでした。まあ、ベトナムへの日本企業による自動車輸出の大半はタイ生産でしょうから、あまり日本からの直接輸出はないわけですけども、それでも日本にとって最重要品目の自動車の関税すら維持されているのは違和感がありますし、ここは深掘りすべきところです。その他にも、FTAがあるのに日本からの輸出に高関税が維持されている品目はかなりあります。


 なので、日本は戦略として「TPPでは既存のFTAで取れなかったものについて深掘りをする」ということを明確に方針として持つべきであり、場合によってはその認識を他国とも共有すべきでしょう。アメリカの対豪州産砂糖等への対抗策として編み出された「TPPよりも既存のFTA優先」なんていう変なルールにお付き合いをする必要は全くありません。むしろ、そんなルールがTPP交渉参加国内で一般化することに反対するくらいの論陣を張ってもいいはずです。


 仮にTPP交渉で交渉の詳細で情報公開がなされなかったとしても、国会ではこういったテーマで議論を挑んでいけばいいのです。逆にいうと、個別品目をあれこれ議論するよりも、こういった大きな方針のところで論議する方が意義深いはずなのです。


 なお、最後に言っておきますが、私は農産品で何でもかんでも譲れというような主張をしていません。守るものは守る、その中で関税撤廃率を上げていくための努力をすべきだという考えです。そして、それは可能だと思っています。