日本農業新聞を読んでいると、TPPの関税交渉について「まずは関税撤廃率のみでオファーしてみる」というアイデアが出ていました。「面白いかも」とは思いましたが、色々とプラス・マイナスがあります。実際に政府部内で検討されているかどうかも分かりませんけど、仮にやるとしたらどうなるかと思考を巡らせてみました。


 一般的にどんな関税交渉でも、方式はリクエスト・アンド・オファーです。他の交渉参加国に撤廃してほしいものをリクエストするのと、こちらから撤廃品目をオファーするのとを繰り返しながら纏めていくやり方です。冒頭のアイデアは、まずは個別具体的な品目で撤廃をオファーするのではなく、「うちは品目ベースで●●%は撤廃します」ということだけをオファーするということです。


 それをやると相手にどう受け止められるかというと、まずは「慎重だな」ということもあるでしょうが、恐らくは「品目毎に国内調整がついてないのだな」という印象を与えるでしょう。


 ただ、その数字で一定程度の「やる気」を見られます。日本がこれまで関税撤廃を一度もやったことのない品目は、全体の10%強で概ね900品目です。だからといって、初期のオファーで「90%」を下回るレベルでのオファーに固執したら、多分、すべての国が脱力感に襲われるでしょう。それは「これまで以上の努力はしません」という打ち出しだからです。しかも、こちらが90%以下のオファーに固執する場合、日本から他の参加国へのリクエストが力を持たないでしょう。こちらのやる気が問われている時、相手がこちらの要望を聞いてくれることはまずありません。そんな状況では、自動車、機械製品、鉄鋼の関税撤廃なんて夢のまた夢です。


 私はこのブログでしつこく書いてきたのは「まず到達すべきは95%。そのための作業をコツコツやるべき。関税表の9ケタベースで保護を必要としないものを一つ一つ洗い出す作業をすべし。」と言ってきました。リクエスト・アンド・オファーですから交渉を経ながら、撤廃率を挙げていくことになるわけですけど、早い段階で90%を超えて、95%を見据えた数字くらいは出さないと、やる気を問われます。95%は上記の900品目を450品目まで削り込むことを意味します。


 しかし、一番やってはいけないのは、「具体的な根拠のない撤廃率の提示」です。国内調整を全くやらず、具体的に撤廃する品目を見定めることなく、高めの数字を出すことには明確に反対です。ここが一番厳しい作業ですが、それを後回しにしながら進んでいくと何処かで必ず手法が破綻します。常に国内的に撤廃品目の調整を付けた上で、しかし、交渉戦略上は関税撤廃率のみのオファーとするのであれば、私はあってもいいと思います(実は95%撤廃であれば、大体、上記の900品目から撤廃側に入る品目は予測可能なのですけどもね。)。


 あと、全く別の理由で、最初は関税撤廃率でオファーするというのは悪くないかもと思いました。というのは、私が政権責任者であれば、最初のところで「どの程度、情報が漏れるか」ということを図りたいと思うでしょう。漏れ口はあちこちにあります。私はこれまで多くの「おもらし議員」を見てきましたし、外務省時代に何度か痛い目にも遭っています。交渉に参加している他国から漏れてくることがあるかもしれません。なので、最初のオファーは「漏れてもそこまで深刻な反響が国内に及ばないようにした上で、どの程度漏れるのかを見る。」という発想の下、撤廃品目率のみで行われてもいいと思います。


 なお、私はTPPの情報公開については、たとえ国会議員に限定するとしても相当慎重さが求められると思います。まず、上記のとおり永田町には「おもらし議員」がたくさんいます。例えば、TPPで影響を受けると思われる業界の推薦で当選している組織内議員は、当該組織との関係で口をつぐむことが出来るでしょうか。また、某野党は情報を入れたら、そのまま公開するでしょう。可能性があるとしたら、情報漏洩については防衛秘密や特別防衛秘密に関する罰則(それぞれ5年以下、10年以下)相当のものを入れないとダメでしょう(それは事実上議員辞職に直結すると思いますが。)。しかし、そこまでやったとしても、得た情報をベースに国会質問をされてしまったら終わりです。国会議員は国会内での発言は憲法上、国会外では不問責です。憲法を乗り越えて発言を縛るのはハードルが高いですね。


 ちょっと話が飛びましたが、最初のオファーを関税撤廃率のみでやるというアイデアは一概に否定すべきものではないけども、その水準が低いのは宜しくないし、仮に高いとしても(実際に何を撤廃するのかという)中身が詰まってないのであれば問題が多いと思います。結局、オファーをするためには、そのオファーがどういうもの(個別品目なのか、撤廃率のみなのか)ということを抜きにして、辛い国内調整作業は必要になってくるわけです。