アルジェリアのイナメナスでの事件から7ヶ月くらいが経ちました。あの事件は、とても雑に言うと大体こんな感じでした。


● 元を辿れば騒乱のリビアから流れてきた重火器を持つイスラム主義者がサハラ砂漠に流れ込んできた。

● マリ北部には少数民族トゥアレグ族がいて、かねてから中央政府とは対立していた。マリ正規軍は押され気味のため、装備等で資金不足の政府に不満をためていた。

● イスラム主義者がトゥアレグ族に寄生するかたちで、マリ北部で分離独立運動を起こした。イスラム主義者の持ち込んだ重火器の威力が発揮され、マリ軍は一敗地に塗れた。逆に首都バマコでは軍が政府の無力に不満を持ち、クーデターを起こした。

● マリ全体が機能不全を起こす中、マリ北部からサハラ砂漠全体に広がる地域がテロの温床になることを懸念したフランスがマリ北部に軍事介入。

● 掃討作戦にあったイスラム主義者が、この軍事介入を口実にアルジェリアでテロ行為(元々、首謀者であるモクタール・ベル・モクタールは単なる誘拐犯的な要素もあり、何処まで思想的な背景があったかは不明なるも)。


 つまり、マリという国がある程度安定しないと、また似たようなことが起きるかもしれないというのが現状です。トゥアレグ族との和平については、ひとまず合意が成立して、マリ軍がトゥアレグ族の主要都市キダルに戻るなど、少しずつではありますが兆候は出ています。これからはトゥアレグ族地域の安定と発展、そして(可能ならば)武装解除までを行っていくべき局面に入っています。


 そして、政治面では大統領選の真っ最中です。アフリカ西部の国の話ですから、それ程の注目にならないのは仕方ないのかもしれませんが、本当にアルジェリア・イナメナスでの情勢をきちんと理解しているのであれば、マリでの大統領選挙は正にそれに直結する話でして、日本のメディアが全くと言っていいほど反応しないのは...、まあ仕方ないですかね、こればかりは。ただ、分かっていてほしいのは、イナメナスの件はここが震源地であったということです。


 私はクーデター前の大統領であったアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ(ATT)を高く評価していましたが、残念ながら今は隣国のセネガルに亡命したかたちです。1990年代前半にはマリの独裁を打ち破った上で、早期の民政移管を実現し、その後90年代後半には中央アフリカでのPKOを率いて成功に導いたということで、国際的に名声の高い人物だったのですけども、この終わり方はもったいないです。


 今はトラオレ国会議長が暫定大統領として一時的に任期を務めています。クーデターが起こってから1年半での民政移管、その間にフランス軍の空爆やトゥアレグ族問題があったことを考えると比較的早く実現しているのではないかと思います。


 さて、今回のマリ大統領選挙ですが、上記で「今後のサハラ地域にとって重要」的なことを言っておきながら変かもしれませんが、「誰が当選しても基本的には同じ」でしょう。というのも、ほぼすべての候補者は同じ政治的出自だからです。マリでは独裁からクーデターを経て民主主義に移行した1990年代前半に作られたADEMA(マリ発展同盟)という政党が議会では与党を占めてきました。マリ政治はこのADEMAを中心にいつも回っていましたし、今回の大統領選挙に出ている大半の候補は過去のいずれかの時点でADEMAのメンバーであったのです。ということで、思想的に何らかの対立があるわけでも何でもなく、基本的にはすべての候補者が「国民和解」を訴えるだけであまり特徴を見出せません。


 そんな中、大統領選挙の一回目投票で1位になったのは、イブライム・ブバカール・ケイタ元首相です。1990年代後半にコナレ大統領の下で長く首相をやっていました。2007年の大統領選挙にも出たのですが、ATTの前に敗北しています。実を言いますと、当時、昔、ケイタ首相公邸で大使のお付きとして昼食を一緒させていただいたことがあります。もう15年くらい前ですけども、今でも良い思い出にしています。なお、あだ名は「IBK」と名前の短縮系が使われます。2位に付けたのが、テクノクラートとしては優秀なスマイラ・シセ元財務大臣。こちらは2002年の大統領選挙でATTに負けています。IBKとシセ元財務相に共通しているのは、大統領選挙を通じてADEMAの中では浮かばれないと思って自分自身の党を作ったという経緯です。そして、3位に付けたのが、今回のADEMAの公認候補となったドラマヌ・デンベレ。正直なところ、マリ国内でも知名度がなく、「なんで、こんな候補を公認したかな。もっと良い候補がいただろうに。」と思います。


 決選投票には、IBK(39%)、シセ財務相(19%)の二名で争うことになります。まあ、普通に考えればIBKの当選は相当に堅いでしょう。軍はIBKの大統領就任を期待している節があります。しかも、3位のデンベレ候補(9%)が「個人的に」IBK支持に回りました。党のADEMA自体はシセ財務相支持に回ろうとしていたので、デンベレ候補の「個人的」支持はADEMA内に不協和音を起こしているようです。選挙後の首相ポストでも約束されたかなと思わなくもありません。


 さて、大統領選挙が終わった後、ここがとても重要です。日本の関与すべきところがたくさんあります。地域全体の安定を希求するのであれば、私はドナーとして3つのことが必要だと思います。それは、①マリ軍支援、②サハラ地域の開発援助、③トゥアレグ族の武装解除です。


 ①ですが、装備面等で軍の支援をしてあげないと、また反乱勢力に打ち負かされて地域の不安定要因になるのです。日本では軍への支援というのは、とてもハードルが高いです。鳩山政権時代に、アフガニスタンで軍が運営する病院への支援をしようとしたら、当時の某連立与党から横やりが入って潰れたことがあったと記憶しています(少し記憶違いかもしれませんが)。昔、私がセネガルにいた時代に、首都ダカールに交番を作る案件を東京に提出したら、経済協力局担当者から「バカ扱い」されたことすらあります。理由は「軍や警察といった実力行使機関に援助すること自体へのアレルギー」でした。しかし、マリ軍が弱いとまた何処かで地域の綻びを作り出してしまうかもしれません。しかも、マリ軍を支援したから、何処かの国が脅威に感じることもありません。本当に地域の安定を願うなら、マリ軍支援が必要です。


 ②と③は関連していて難しいのですけども、元々武器が普通に存在するような地域ですから、武装解除の取組はとても長い、長いものになります。一度、1996年に世界遺産トンブクトゥで大規模な武装解除のセレモニー「平和の炎(flamme de la paix)」をやったのですが、外部から入ってくる武器というのはなかなか根絶しがたいものがあります。原理原則的なことは簡単なんです、地域が発展し恩恵が享受できてくれば、武器を持って後背地で戦うことがアホらしくなるだろう、ということです。しかし、現場での現実は難しいものがあります。砂漠は広大です。しかも、大半の地域は居住できません。ただ、逆に言うと拠点を絞り込んで集中投資すれば効果が見えやすいということもあります。トゥアレグ地域の主要な町の一つ、テッサリト ですらこの規模です。ちなみに年降水量は100mm行かないくらいではないかと思いますから厳しい地域であることは言うまでもありませんが。


 ちょっと備忘録的に長々と書きました。言いたかったのは、「イナメナスの経験にかんがみれば、本当は重要なんですよ、マリ情勢は。」ということと、「あの地域を安定させようとするなら、軍支援に乗り出すくらいの気持ちが必要ですよ。」、まあ、こんなところでしょうか。