韓国の強制連行裁判で、高等裁判所から新日鐵住金に賠償命令が出ました。結構深刻な問題です。しかも、舞台は私の選挙区である八幡製鐵所です。

 基本となるのは、以下の条文です。

【参考】日韓請求権並びに経済協力協定
第二条
1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。

 この規定を見ればわかるとおり、日本が韓国に残してきた財産、権利及び利益並びに請求権についても放棄しているのです。あの判決が成立するのなら、日本の(国家でない)法人や個人が韓国に置いてきた々なものについて、日本や韓国で裁判を起こすことも大いにあり得るわけです。これは仮定の話になりますが、そういう個人の賠償、請求権がどんどん起こってきたら、それは目も当てられません。

 ここで「法の下の平等」が確保されるのであれば、その訴は韓国の裁判所で有効だということになるでしょう。仮に韓国人の今回の強制連行の訴を認め、(上記のような)日本人の訴を認めない根拠としてあり得るものは、「自国民だから」、「可哀相だから」、「条約締結時明らかになっていなかったから」といったことになるでしょう。それ以外の理屈があり得るのであれば聞いてみたいと思います。

 しかし、上記のような事情は条約上一切考慮材料にならないのです。それは強制連行を否定しているわけでも、それに何らのお詫びと反省の気持ちを持たないということでもありません。その感情的なところと、財産・請求権の話は切り離して考えないといけないのです。何度も書いていますが、請求権というのはすべての具体化されていない権利を指します。そして、国交を正常化するに際して、一旦それを無しにしましょうというのが国際法上の知恵です。一旦そういう仕切りをした後に、またあれこれと賠償請求が出ないようにしないと正常な二国間関係は維持できないのです。したがって、請求権については条約締結時に明らかであったかどうかに全く関係がありませんし、将来何が出てこようともここで無しということにしようということが上記の規定です。

 ただし、ここでよく考えなくてはいけないのは、この高裁判決は最高裁からの差戻しを受けてのものです。新日鐵住金が再度上告をしても、相当に苦しい状況なのではないかと思います。不本意ではありますが、少し先のシナリオ描きをしなくてはなりません。一番厄介なのは、新日鐵住金の韓国法人に対する執行命令が出てしまうことです。日本国内の新日鐵住金に対して何らかの命令が出ても、そんなものは無視していればいいのかもしれませんが、韓国の管轄権がある場所で新日鐵住金関係の財産、施設に対する執行命令が出てしまう場合、どう対応するのかということが出ます。世界がグローバル化することの一つの帰結として、こういうことがあり得るということは念頭に置かなくてはなりません。

 その際に一つ絶対に確保しなくてはいけないのは、行政としての韓国政府には一切関与させないことです。今回の訴訟はあくまでも個人請求権であって、国家が外交的保護権を含め関与することは上記の条約の考え方に反します。今、韓国政府は「政府としての立場については検討中」みたいなことを言っていますが、政府として噛み始めたら、それこそこれは(ただでさえ存立が危うくなっている)上記の条約の前提がすべて崩壊します。ただ、ちょっと不安なのは「三権分立」と「裁判所からの要請」という理屈を出して、表向きは「仕方ないんですよ」というポーズを取りながら、韓国政府が関与してくる可能性も否定はできません。その時は外交の場で徹底的に戦う気概が必要です。

 本件判決に対して、色々な反発の声が国内に上がっています。よく分かります。私も「ひでぇなぁ」と思います。ただ、ここは少し頭を冷やして、論理的に何が出来て、出来ないのかを考え、不当な結果にならないようにすることが必要です。いわゆる「法戦」です(中国的用語ですけど)。