遂に米EUのFTA交渉が始まります。10年前であれば絶対に考えられなかったものですが、世の中は変わったなという印象を持ちます。この結果として、非常に深刻なのは多国間貿易交渉であるWTO交渉は更にモメンタムを失うだろうということです。世界の主要国はすべてFTA交渉に乗り出し始めています。こうなってしまうと、もうWTOで「皆で一緒にやりましょう」の世界にならなくなります。世界のパラダイムが変わっていっていることに、我々は直面しているわけです。


 そんな中、EUは交渉開始に先立ち、「放送部門(audiovisuel)」は交渉の対象から外すという合意をしました。勿論、ここでクソ頑張りをしたのはフランスです。昔からフランスは文化保護の観点から放送部門での自由化を厳に拒否してきました。ブリック貿易相、フィリペッティ文化相がそれぞれ「よかった、よかった」という感じのコメントを出しています。現行のルールでは、テレビチャンネルの配分、補助金、企業の国籍による差別的待遇が認められているのですが、今回の米EUのFTAでこれが覆されるのではないかということをフランスは恐れていました。


 欧州諸国間でも割れていて、ポーランド、イタリア、オーストリア、ベルギー、ルーマニアあたりはフランスに同情的だと報道されていますが、逆に言うと、そうでない国もたくさんあったということです。英語圏のイギリスなんかからすれば、そんなものの付き合わされること自体が嫌だということなんだと思います。


 交渉のマンデートを受ける欧州委員会は、この放送部門の除外をとても嫌がりましたね。デ・グフト貿易担当欧州委員は、フランスに相当不満を持ったようでして、「とりあえず除外した。けども、将来的なマンデートに加えられる可能性もある。アメリカから放送部門に関する良い提案があれば、フランスを始めとする加盟国に諮った上で検討することもあり得る。」と未練がありありのコメントをしています(ただし、ブリック貿易相は「その時もノンと言う」と言っています。)。


 デ・グフト欧州貿易担当委員のインタビューを読んでいると、「フランスだって、地理的表示や政府調達で攻撃的に出たいのだろう。その時に放送部門の除外を提起されて、それらが除外されるではないか。それでいいのか。」というような雰囲気を感じます(明確に言っているわけではありませんので、あくまでも私の推量です。)。ここは正に日本でも同じ議論があった「すべての品目、サービスをテーブルに乗せる」かどうかの議論です。放送部門を除外すれば、取れるものも取れなくなるという懸念を持っているということです。何処の国でも同じような議論はあるものです。


 フランスはこの手の文化保護についてはとても厳格でして、その中心にあるのはフランス語です。この拘りは相当なものがあります。アメリカの番組がどんどん国内で流されたら、うちの文化がダメになっていくという危機感は日本人の想像を超えています。そして、一番有名なのは1994年のトゥーボン法です。当時の文化大臣ジャック・トゥーボンが「公共の場でのフランス語の使用」を定めた法律を作りました。これは色々と不思議な結果を巻き起こしていまして、「walkman」は「baladeur」、「software」は「logiciel」になってしまいました。1995年からフランスに行った私はちょっと当惑したのを覚えています。あと、この件はパリ証券市場での提出文書をフランス語に統一するといった規制が行われ、金融市場にも変な影響を及ぼしたことがありました。


 我々がEUのポジションにあれこれ言うことは適当ではありませんけども、このEUとフランスの間の放送部門をめぐるさや当てから学ぶところはとても多いと思いますので紹介させていただきました。なお、私は「すべての品目、サービスをテーブルに乗せる」派です。通商交渉に携わったことのある人は概ねそう思うでしょう。