≪予め書いておきますが、今日の内容は国際法に関心のある方のみに宛てられたものです。大半の方にはとてもつまらなく映ると思います。≫


 よくある議論の中に「日韓基本条約によって、日本と朝鮮半島との関係はすべて精算されており、日本の戦後処理について北朝鮮との間に精算すべき問題はない」というものがあります。そして、その根拠に日韓基本条約の規定が挙げられます。これはとても興味深い議論でありまして、今後の日朝関係の一番の出発点ですので、条約上どうなっているかを解説します。


 まず、日本と朝鮮半島との関係を規律する日韓基本条約の規定はこういうものです。


【同条約第三条】

大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。

 一見読んでみると、「なんだ、日本は朝鮮半島において大韓民国政府のみを唯一の合法的政府と認めているんじゃないか」というふうになるでしょう。


 仮にこの文章において「とおり」の後の「の」が落ちていればそう読めます。つまり、その場合は「国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおり」が副詞句となるので、全体の文章としては「大韓民国政府は」が直接「朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される。」に繋がります。


 しかし、この文章は「国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおり『の』」と形容詞句になっています。そして、それは「朝鮮」をそのまま形容しています。ということで、この第三条の朝鮮は「朝鮮半島全体」ではなく、「国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの」朝鮮でしかありません。


 同じく正文である英語にすると更に微妙になります。


【同条約第三条(英文)】

It is confirmed that the Government of the Republic of Korea is the only lawful Government in Korea as specified in the Resolution 195 (III) of the United Nations General Assembly.


 この文章で、上記のように「の」を落とすためには英語でどう書き直したらいいかというと、実は「as specified」の前に「,」を入れるだけです。今は「as specified」が形容詞句として直接「Korea」を形容していますが、「,」が入ると「as specified」以下は副詞句になります。外交文書ではコンマ一つで意味が大きく変わるという良い例です。


 では、ここで引用されている1948年のこの国連総会決議第195号ではどうなっているかというと、以下のような規定です。


【国連総会決議第195号(抜粋)

The General Assembly,
(略)
Mindful of the fact that, due to difficulties referred to in the report of the Temporary Commission, the objectives set forth in the resolution of 14 November 1947 have not been fully accomplished, and in particular that unification of Korea has not yet been achieved,
(略)
2. Declares that there has been established a lawful government (the Government of the Republic of Korea) having effective control and jurisdiction over that part of Korea where the Temporary Commission was able to observe and consult and in which the great majority of the people of all Korea reside; that this Government is based on elections which were a valid expression of the free will of the electorate of that part of Korea and which were observed by the Temporary Commission; and that this is the only such Government in Korea

 つまり、この文章から読み取れるのは、「(1948年時点において)朝鮮半島統一はまだなされていない」、「(同時点において)暫定委員会が監視、協議することができ、全朝鮮の大半の人民が住んでいる(ような)朝鮮のある部分に支配と管轄権を及ぼす合法的政府がある」ということです。明示はされていませんが、この時点では大韓民国政府が朝鮮半島全土に支配と管轄権を及ぼしていないことが示唆されています。


 ここでもう一度日韓基本条約に戻ると、この第195号で示されているとおり「の」朝鮮にある唯一の合法的な政府ですから、大韓民国政府はそういう領土(具体的には休戦ライン以南)においての唯一の合法的な政府とまでしか読めません。やはり北朝鮮の存在を明示的にではないものの前提にしているということになります。


 ということで、当時、日本政府はこの条約は「休戦ライン以南についてのみ効力を有する」としていました。国会で当時の椎名外相や外務省政府委員が何度もそう答弁しています。逆に以北については何も言っておらず(条約上は)空白地帯であるということです。この条約の国会審議で相当に社会党、民社党等の議員から「南北朝鮮の分断を図るもの」といった主旨の批判がありました。ちなみに当時大韓民国政府は「この日韓基本条約において、日本と朝鮮半島との関係はすべて精算された。北朝鮮の存在など認めない。」という感じのポジションでした。同じ条約の解釈が日韓間で異なっていたということになります(これは当時の交渉の知恵であり、批判すべきものではありません。)。


 そうやって考えると、条約上はやはり精算すべき関係が日本と北朝鮮との間には残っているということになります(勿論、現在的に見れば、戦後に起こった拉致問題等も含めてです。誤解なきようそこは明確にしておきます。)。しかし、逆に言うと、上記経緯にかんがみれば、それを韓国に言われる筋合いのものでもないということにもなります。時折、韓国の一部には、朝鮮半島統一を見据えながら、日朝国交正常化の際に日本から出る(かもしれない)経済協力に期待する向きがありますが、このような経緯にかんがみれば「あなた方、そもそも日韓基本条約時に全然別のこと言ってたじゃない」と言いたくなるわけです。


 書いてみましたが、小難しい割にはとてもつまらなかったですね。筆力のなさです、反省します。