参議院選挙を前に、TPPに関する各党のポジションが出てきていますが、「農産品の主要5品目死守」というフレーズが踊ります。なお、以下は「それらの5品目をないがしろにしていい」という趣旨では一切なく、あくまでも交渉のポジションに臨む姿勢について書いていきます。この点は明確にしておきます。


 何度もこのブログに書いたことがありますが、この手の通商交渉で農業に関する日本のパターンというのは「刀折れ、矢尽き、断腸の思いで苦渋の決断」というものです。最大限、そういう事態にならないように尽力して頑張ることはたしかに大事なことです。しかし、良くないのは国内向けに交渉関係者がこういう大団円を演出しようとするのですね。これがかなりの可能性で国益を損なうということには留意が必要です。


 勿論、簡単に交渉で譲歩することは不要です。ただ、これまでの日本の交渉を幾許か見てきた者として思うのは、そのメンタリティの中に「自分達から譲歩することは一切できないから、最後の最後のところで押し切ってほしい。」という「押し切られ願望」みたいなものがあるように思います。そして、押し切られた後に、日本は関係者皆が「刀折れ、矢尽き、断腸の思いで苦渋の決断」を分かち合うということになるのです。そこはとても日本的な浪花節の世界です。


 ポイントは「一回で」「強引に押し切られる」ということです。「一回で」というのは、何度も何度も押し切られるフェーズが出ると、国内に戻ってきて議員や団体にボコスカ叩かれてしまうので、できればそういうのは「(交渉の最終局面で)一回で」終わらせたいのです。そして、「強引に押し切られる」ということです。日本側からは何ら新しいポジションを出せないし、出さないから、ある一定の方向に纏めるのであれば、最後は「強引に押し切られる」かたちを日本側が何処かで望んでいるようなところがあります。


 しかも性質が悪いのは、「日本は『押し切られ願望』があるんだから、最後の最後にガーッと押し切ってあげればいいんだろ?最後はコメに配慮すりゃいいんだろ?」と米豪の一部の交渉担当者が思っていることです。もう10年くらい前ですが、WTO交渉の文脈で私はそういうことを言われたことがあります。ゲームの理論に基づいて、相手がそういう認識を持っているという前提で交渉を組み立てていくととても危険です。


 このマゾヒスティックな「押し切られ願望」とその結末としての「刀折れ、矢尽き、断腸の思いで苦渋の決断」のパターンを排除し、そして、それが日本の交渉ポジションから排除されている事を相手にもきちんと理解させることが必要だと思います(特に後者が重要です。)。そのためには、まずは攻め所をきちんと日本としてたくさん作っていくことが必要ですが、それに加えて、国内関係者にも一定の自制が求められるでしょうし、交渉担当者にかなりの自由度を与えなくてはなりません。日本のこれまでの「○○死守」的な交渉とは一味も二味も違った、交渉全体を俯瞰した上での利益の出し入れをすることが必要になります。その観点から、私はTPPの交渉内容が当面非公開だというのは良いことだと思います。農業に限らず、色々なタマを出し入れしながら交渉していく姿を逐一公開することは何の利益にもなりません(ただ、心配なのはアメリカ側からポロポロ情報が漏れることです。)。


 そう考えると、日本国内で交渉ポジションを高め過ぎて、担当者を交渉に送りだすのはあまり感心しません。どんどん合理的な判断が下がっていき、結果として、(高いポジションを作って送り出した)国内へのエクスキューズを作ることに皆が汲々とし始めます。そうすると、交渉相手は眼前のTPP交渉参加国ではなく、国内のステークホルダーということになってしまいます。そんな交渉はやる前から負けています。


 抽象的だったので分かりにくかったかもしれません。しかし、交渉をする際のそもそもの文化や考え方を変えないと、「○○死守」だけを言い続けていると、その値段が釣り上がってしまい、その結果として他の分野で日本はしゃぶられまくります。