私はかねてから「米、欧、アジアと多面的に自由貿易網を広げていくべき。」という意見を持っています。本当はWTOで多国間貿易交渉をやっていくのがいいのですけども、残念ながら今WTOドーハラウンド交渉は動いていないので、次善の策として上記のような手法しかないのです。
そういう中、我が盟友福島伸享前議員が私に語っていたのが「米欧のスタンダードの違いで、どちらを取るかを迫られることがある。」ということでした。その時は食の安全や生物多様性の文脈でしたが、先日、日本農業新聞を読んでいたら「正にその通り」というテーマが出ていました。
(なお、今、経済連携協定について一番詳しい新聞は日本農業新聞です。JAの新聞であるということから特定の方向性があることは否定できませんが、あれだけの情報量と調査をしている新聞はまずないでしょう。一般紙と比して、そのレベルの高さは称賛に値します。)
それは「地理的表示」です。これについては、4年前くらいにこういうエントリー(1 、2 ) を書いています(1はちょっと導入のところで変なことを書いていますが御容赦ください。)。このテーマ、これから必ず大きくなります。そして、日本は大きな決断を迫られます。
実は欧州諸国は農産品の保護については、関税というツールよりも最近はこの「地理的表示」を重視しているように見えます。何かというと「地理的な名前そのものに価値があるものを保護していこう」ということです。例えば、ワインで「ボルドーワイン」と言えば、その「ボルドー」という名前そのもので「ああ、これは結構いいワインなんだな」ということを連想する方が多いでしょう。その地理的な表示そのものに価値があるものを保護していこうということです。日本から見ていると「そんなに重要な話なの?」と思うかもしれませんが、これに対する欧州の拘りたるや、それはそれは我々の想像を超えています。
今はWTOの場でこれが保護されているのはワインや蒸留酒です。日本も焼酎等を幾つかその枠組みで保護の対象にしています(例えば、球磨、薩摩等の名前)。欧州はそれを他の品目にもどんどん広げようとしていますが、WTOの場ではなかなか反対が強くて上手く行っていません。その代わり、欧州がやっているのが経済連携協定の中で「地理的表示をきちんと保護する」ということをどんどん個別に押し込むということです。
「反対が強い」と書きましたが、誰が反対しているかというと、いわゆる「新大陸」の勢力です。欧州から移民したりして、アメリカ大陸、オーストラリア等に行った方々が、出身地や先祖を思い、欧州の地名を使って商品を作ったりしているケースが結構あります。これが欧州側から見ると「うちが長年培ってきたネームヴァリューをタダ乗りしている」ということになるわけです。ちなみに上記で引用したエントリーにも書きましたが、この旧大陸、新大陸の問題は中国と台湾にもあります。台湾産紹興酒の「紹興」というのも地理的表示です(醸造酒なので、まだWTOでは保護されていませんが)。
さて、日本がこれからアメリカ、欧州と同時に経済連携協定を交渉していこうとする際に、この「地理的表示」の問題がかなり圧し掛かってくるでしょう。欧州からは「ワイン、蒸留酒以外にも保護を広げろ」と言ってくるでしょうし、米豪からは「地理的表示の保護拡大には反対」と言ってくるでしょう。欧州はありとあらゆる譲歩には「地理的表示の保護」を絡めてくるはずです。「自動車の関税を下げるのであれば、地理的保護の強化・拡大を認めるべし」といった感じです。
農林水産省は地理的表示に関して、法制化を考えているようですが、日本農業新聞によると経済産業省や特許庁、更には内閣法制局との関係でかなり苦労をしているようです。どういう方向性なのか、私は知りませんが、そもそも国内の特許制度や不正競争防止等との関係での整理が難しいのだろうと思います。この地理的表示は単なる「偽装表示」を禁ずるというものではなく、その表示そのものに価値があるものを守ることが主眼ですのですが、どうもそのあたりで苦労しているのではないかなという気がします。
いずれにせよ、この件は何処かで「どのスタンダードを選ぶのか」という決断が迫られるでしょう。そして、それを国際交渉の中で貫徹していかなくてはなりません。その上で参考になるのは、米欧と既に経済連携交渉を締結している韓国のケースです。韓国がどう整理、対応したのかは参考になると思います。
あまりピンと来ない方も多いと思いますけど、輸入物が多いスーパーを少し歩いてみると、この地理的表示の問題がかなりあることに気付きます。まあ、フランスが求めている保護すべき地理的表示を見ていると「エクサン・プロヴァンスのオリーブオイル」とか「アルデシュ産栗」とか「イシニー産バター」とか、「いやいや、そんなものが日本市場でネームヴァリューがあるとは思えませんけどね」というものが散見されるわけですけど(どうでもいいことですが、イシニーというのはディズニー家の出自です。"d'Isigny"が"Disney"に変化していっています。)。
さて、日本はどちらを取るか、とても興味深いテーマです。