以前、特例公債法案が現在のようなかたちで止まるのは、本来、予算について衆議院の優越を認めた日本国憲法の理念に反するのではないかというようなことを書きました。


 ということで、日本国憲法の制定、そして国会審議の過程で予算というものの位置づけをどう考えるのかという事を調べてみました。色々な議事録を読んでみましたけども、以下の答弁が結構示唆的なのかなと思ってご紹介いたします。カナ文なので読みにくいですけども、当時の議事録がそういうものなのでご容赦ください。


【昭和21年7月22日第90回帝国議会帝国憲法改正案委員会における金森国務大臣答弁】

○ 金森国務大臣 予算ヲ法律トシテ、詰リ形式的意味ノ法律トスルト云フコトハ、固ヨリ成立スル考ヘト思ツテリマス、ケレドモ実質カラ申シマシテ、法律ハ大部分ハ国家ト国民ヲ拘束スルモノデアリマシテ、予算ハ政府ノ支出ヲ憲法上適法ナラシムルモノデアリマスルガ故ニ、形式的ニハ仮ニ同ジニ扱ヒマスルニシテモ、中味ハ違ツテ居ルト云フコトハ言ヘルト思ヒマス、既ニ中味ガ違ツテ居ルナラバ、形モ違ヘルト云フ行キ方ハ、決シテ不合理デハナイト考ヘテ居ルノデアリマス、特ニ何処ガ違フカト云フ中ノ一ツノ点ヲ考ヘテ見マスルニ、法律デアリマスレバ、議会ハソレヲ可決スルモ否決スルモ恐ラク絶対ノ自由ナル判断ヲ御持チニナラウト考ヘマス、併シ予算ノ方ハ、国家ガ存続スル、其ノ存続ニハ経費ガ要ルト云フコトガ前提ニナツテ居リマスルト、幾分議会ノ態度モ異ナツテ、批判ノ中味ガ国家ノ必要ナル経費ハ出シテヤラナケレバナラヌト云フコトヲ前提トシテ議決サルルト思ヒマス、随テ議会ノ扱ヒ方等モ違フト思ヒマス、此ノ憲法ノ草案ニ於キマシテ、法律ノ方ハ六十日ノ期間トカ云フモノヲ置イテ、国会ノ中デ衆議院ト参議院ガ色々意見ノ違フヤウナ場合ニ、最後ノ荒ツポイ解決方法ヲ求メテ居ルノデアリマス、併シ予算ノ方ニ付キマシテハ、サウ云フ荒ツポイ方法ヲ求メナイデ両院ノ協議会ヲ開イテ議纏マラヌ時ハ衆議院ノ意見ニ依ルト云フコトニ致シタノモ、其ノ考ヘデアリマシテ、予算ハ法律ト違ツテ之ヲ何等カノ形ニ於テ成立サセテ、金額ノ大小、費用ノ差ト云フコトハ別トシテ、国ノ入用ナ経費ダケハ必ズ必要ナ時期マデニ動クヤウニシテヤルベキモノデアルト云フ考ヘヲ基調トシテ、ソコニ規定ガ現ハレテ来ル訳デアリマス、既ニサウ云フ風ナ差ガアレバ、ヤハリ予算ハ予算トシテ、法律ハ法律トシテ扱ツテ行ク方ガ、比較的筋ノ通ツタ考ヘ方ノヤウニ思ツテ居リマス


 つまり、予算は国家が存続するために必要な経費であり、根本的にそれを否決するといったようなことは筋論としてあり得ないということです。そして、きちんと国家の存続のために必要な予算は恙なきよう措置していく必要があることから、衆議院の可決を以て、基本的にはこれを執行していけるようにするということだろうと思います。逆に、法律というのは金森国務大臣が言っているように、原則論としては可決してもしなくても、それは議会の判断であるということです。


 その境が今、不明確になりつつあるということです。これは憲法制定時にはまたく想定されていない事態です。何処かでこの予算と法律の違いというものをきちんと整理して、予算の執行が滞ることがないようにしていくのが我々議会人の役割ではないかと思います。


 野田総理もそのような趣旨のことを言っています。私は「主要政党間の紳士協定で予算と特例公債法は一緒に採決することに合意する」というアプローチが最もいいと思いますが、これは色々な意見があるでしょう。上記アプローチより踏み込んで、例えば「特例公債法で複数年度の公債発行を認める」とか、「予算の中に特例公債法の授権を含める」とか、「法律で同時採決を規定する」とか色々あるのかもしれません。ただ、どれもこれまでも法解釈の大幅変更が必要だったり、立法権の制限を行うということだったりして、あまり筋がいいようには思えません。


 「憲法から見た特例公債法」、あまり誰も言わないアプローチですけども、私は今こそこういう原則論に立ち返ることは重要ではないかと思っています。