日本はPKOに派遣をする際、以下のような五原則を設定しています。
【PKO五原則】
1. 紛争当事者の間で停戦合意が成立していること。
2. 当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
3. 当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4. 上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
5. 武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。
先日、国連事務次長のエルヴェ・ラドスー氏が訪日して、党の会合で意見交換した際、私から「これら5原則、特に3.の中立的立場については厳格な適用がされると派遣自体がなかなか難しいと自分は思っている。これまでの経験からしてどう思うか。」というような話をしました。回答については、私がここでご紹介することは差し控えますけども、これは結構重要なポイントなのです。
まず、当たり前のように見える1.であっても、紛争当事者「すべて」で停戦合意が成立していることというのは、昨今の状況ではとても難しいものがあります。これは何を以て「当事者」と成すかということになるわけですけども、「すべて」を要求されてしまうと、国々の微妙な政治環境に立ち入らなくてはならなくなります。これは、2.についても同じです。例えば、分裂国家だったりする場合は到底、日本のPKOは難しくなります。勿論、無制限に緩和すべしということではないのですが、「主たる」当事者ということにしていくべきといつも思っています。
かつて、9.11の後、アフガニスタンにPKOの枠組みで物資支援をしようとした際、内閣法制局で「すべての関係者」の中に、タリバーンから北部同盟(という当時の反タリバーン勢力)までの幅広い勢力による合意、同意みたいなことを言われ、「んな、アホなことがあるわけないでしょ。」と反論したことを思い出します。
3.も難しいです。私は質問する際、「中立性」という表現に対して「neutral」という用語を使いましたが、国連では「impartial」という言葉を使用するようです。微妙な違いですけども、ここはとても重要です。例えば、警察業務を引き受けるとすると、どうしても治安維持を目的とする警察はその国の中央政府側に立つような要素がありますから、非常に厳格な意味での中立性を求められるととても苦しくなります。これも如何なる状態を以て中立と呼ぶかという定義の問題になります。そのオペレーションの立ち位置自体が中立なことを求めるのか、オペレーションの中身が中立なことを求めるのかによって全く異なります。
アフガニスタン、南スーダン、コンゴ民主共和国、それぞれ大体の感じが分かるだけに、あまりこの五原則を厳格にやろうとすると派遣できないということになりますし、派遣をしようとするあまり、本来存在していない合意や同意を強引に仕立てあげたり、中立性を過度に求めすぎると今度は実際のオペレーションに支障が生じるということにもなりかねません。「合意があることにする」、「同意があることにする」、「中立な立ち位置をとることにする」という結論から具体的な行動を導き出すようなアプローチになってしまってはいけません。
実は上記のような問題意識は既に広く共有されていて、運用のレベルでかなり緩和されている部分があります。ただ、冒頭掲げている原則そのもののところを見直さないといけないのではないかというのが私の問題意識です。
日本はPKOには積極的に参加すべきです。勿論、何処にどの程度派遣するかというのはその時々の政権の判断です。ただ、日本が設定した原則が複雑な国際社会の現実に全く見合わないようなケースを解消していかないと、日本は足が止まってしまいます。