最近、ACTA(偽造品の取引の防止に関する協定) というものが徐々に注目を浴びつつあります。実は日本がグレン・イーグルズG8サミットで提唱し、主導権を発揮しながら作りこんでいった条約です。本当であれば、この手の知的財産権関係の条約は、WTOのTRIPS協定の改正でやるのが一番いいのでしょうが、今、WTOが動いていませんから有志国でまずは高くて、受け入れ可能な国際スタンダードを作っていこうということで始められたものです。


 ただ、このACTAについては、ウェブ上でのプライバシーが守られない、ジェネリックが使えなくなる・・・、色々なことが言われています。国会では参議院先議で既に参議院は通過して、衆議院に来ています。どうもこの協定には誤解がたくさんあるようです。その中で、比較的大きいのが先のエントリーに書いたような「shall or may」の世界です。


 まず、この協定を国内で実施するために必要な法改正は殆どありません。唯一国内法改正が必要だったのは、暗号、スクランブリング、アクセス・コントロールといった技術的手段の回避を防ぐ措置だけでありまして、これは既に国会を通過して成立した著作権法改正で手当て済みです。それ以外の部分は国内法改正の必要がないものであって、追加的な法的義務は本当に限定的です。あの厳しい内閣法制局の審査を経た上でそういう結論になっています。


(注:今次著作権法改正では、いわゆるリッピングソフトやマジコンを使ってリッピングする行為、アクセスコントロール解除する行為やその機器が規制の対象になっています。)


 こういう言い方をすると、色々な反対運動をしている方に失礼ですが、国内法の改正が1つしかなく、後は既存の国内法の範囲で実施できるわけですから、国際法的には「大したことない条約」になります。仮に、上記の技術的手段の回避防止の措置が、この協定に関係なく予め著作権法の中で担保されていたとすれば、そもそもACTAは国会承認を求めるべき条約ですらなく、行政府の権限内で締結できる行政取極だったでしょう。


 多分、アメリカでもEUでも知的財産権の保護は高いですから、新規立法に関する状況は同じだと思います。ある有識者の言い方をそのまま借りれば「既に日米欧で実現できている様々な知的財産権の保護の水準をそのまま条約に落とし込んだだけで、中進国にそのレベルまで上がってもらうための条約」だろうと思います。国内法体制がしっかりしている日本は推進すべき立場にあります。


 ただ、欧州議会でこのACTAは否決されています。しかも、かなりの大差で否決です。まあ、色々な理屈があるのでしょうけど、どうも誇張に満ちた話が多いです。ル・モンドを読んでいたら、「権利者は、違法ダウンロードをやっている者に関する情報をインターネットプロバイダーから簡単に入手できる規定が盛り込まれていることは問題だ。」とか書いてあります。このあたりが引っかかったのでしょう。しかし、よく見てみると関係条文はこうなっています。


【ACTA27条4】

4 締約国は、自国の法令に従い、商標権又は著作権若しくは関連する権利が侵害されていることについて権利者が法的に十分な主張を提起し、かつ、これらの権利の保護又は行使のために侵害に使用されたと申し立てられたアカウントを保有する者を特定することができる十分な情報が求められている場合において、オンライン・サービス・プロバイダに対し当該情報を当該権利者に速やかに開示するよう命ずる権限を自国の権限のある当局に付与することができる。このような手続は、電子商取引を含む正当な活動の新たな障害となることを回避し、かつ、表現の自由、公正な手続、プライバシーその他の基本原則が当該締約国の法令に従って維持されるような態様で実施される。


 国内法上、そういう権限をオンライン・サービス・プロバイダーに与えることができるならやればいいし、別にそういうことをやらなくてもいいくらいの条文です。勿論、使われている助動詞は「may」です。これが「shall」なら大変ですけども、「may」であるうちは別に何もしなくてもいいわけですから極めて無害な規定です。実際、欧州委員会は採決前から、欧州の法体系との適合性について欧州司法裁判所の意見を求めると言っていますが、恐らく欧州司法裁判所は「何の問題もない」という判断を出すでしょう。その時、再度欧州議会がどういう判断をするかが見物です。


 また、現在、親告罪である著作権が非親告罪(警察等が自発的に捜査を開始できる犯罪)になるのではないかという懸念が表明されています。それについても、具体的な条文を見てみると以下のようになります。


【ACTA26条】

 各締約国は、第二十三条(刑事犯罪)1から4までに定める刑事犯罪であって自国が刑事上の手続及び刑罰を定めるものに関し、適当な場合には、自国の権限のある当局が捜査を開始し、又は法的措置をとるために職権により行動することができることについて定める。


 正にここは「適当な場合には」でして、英語では「in appropriate cases」です。「適当」かどうかの判断は各締約国でして、日本が著作権を非親告罪にすることが適当と判断するのであればそうすることができるし、そう思わなければやらなければいい、ただそれだけのことです。そして、日本はそういう措置を取らないでしょう。これも極めて無害な規定です。


 その他、色々な規定を見ていても、例えば正当なジェネリック薬品の正当な流通については協定から除外されていますし、ともかく元条約マフィア(見習い)の目から見ても無難な条約だという印象を強く持ちます。もっと言うと、例えば、日本では厳格に禁じられる映画館等での映画コピーですら、この条約上は「may」と「in appropriate cases」で二重に義務規程化回避がなされているくらい力強さに欠けます。日本がやってほしいと思うことですらやれていないくらいの条約なんです。


 国内に多くの懸念があると聞いています。その中には誤解によるものが多々あります。この手の話は、ユーザーと規制者との永遠の対立があるのは仕方がないのですけども、この条約そのものについては極めて無害なものであるというところの理解は得る努力をしなくてはなりません。