最近、TPPのみならず、国際交渉一般に関することで、国会内でとても違和感を持っていることがあります。「100対0で勝たないとダメ。国内にデメリットがあるものはすべてダメ。」みたいな論調が非常によく散見されることです。


 ただ、基本的に交渉というものはすべからく50対50をベースに、それをどうやって55対45、更には60対40に持って来ようと努力するかの世界のはずです。それが100対0でないとダメだとするなら、すべての国際的な交渉など乗り出していくことは止めた方がよくて、それこそ鎖国するしか方法はないでしょう。


 例えば、コメのミニマム・アクセス輸入がとてもクローズ・アップされるGATTウルグアイ・ラウンドとWTOの成立ですが、私の眼には50対50ではなく、恐らくは60対40以上の成果を得た交渉だったと思います。宮沢喜一元総理はこの交渉を指して「パーフェクト・ゲーム」と評して、交渉担当者を労ったという逸話もあるそうです。日本国内では「外国産米が入ってくる」ばかりが強調され、結果として6年で6兆円の予算まで出させられたGATTウルグアイ・ラウンドでしたが、実際には取れるものが相当に取れ、デメリットは限定的であったということだと思います。


 韓米FTAについて色々と論評がたくさん出ています。その中には韓国の国内経済に相当程度影響が出る規定があることは知っています。デメリットと言えるものもかなり入っています。しかし、韓国の李明博大統領はこれに署名しました。何故かというと、それを上回るメリットがあると大統領なりに判断したからです。その判断が正しいかどうかは私には分かりませんが、あのビジネス感覚に優れた李明博大統領がメリットのないもの、デメリットしかないものに署名するはずもないことはよく踏まえる必要があります。


 今の日本でTPPについてよく聞くのは「100対0でなければダメの議論」か、「極端な前提を置いた議論」かです。どちらもあまり建設的ではありません。正直なところ、こういう交渉モノはやってみないと分かりませんし、入る前からあれこれ悩むことが重要なのではなく、交渉に入った後に適時適切に素早い判断をすることの方が遥かに重要です。


 今、色々な分析がありますけども、将来どういう仕上がりになっていくかなんてことがかりに全部分かるのであれば交渉など必要なくて、交渉に入った瞬間に妥結することができるでしょう。今の日本は情報収集の名の下に足を引きずり過ぎでして、しかも求めている情報は「それがすべて分かるのなら、もはや交渉など不要」というものまでが含まれます。


 昔から日本は「意思決定が遅い」と言われてきました。しかし、日本は「意思決定は遅いけど、一度決定したら確実にやり遂げる」というのを美徳として、そして、時に意思決定が遅いことのエクスキューズにしてきました。それで良かった時代もあるのでしょう。しかし、今、世界はとても早く動いています。「意思決定は遅いけど、手堅くやる」だけではもう勝っていけないわけでして、世界には「意思決定は早く、かつ手堅くやる」国は幾つもあります。もう、日本流エクスキューズは通用しなくなってきています。


 走りながら考えることが日本人は苦手とされます。しかし、そろそろ考え方を変えて、「走りながら考えるから、まずは走り始めよう。」というふうになっていく必要があります。


 あれこれ書きましたが、つまりはTPPではオールジャパンで55対45、ひいては60対40で勝てるような方策を考える必要があります。しかも、その作戦を今のうちにすべて確定させることは無理です。走りながら考えるクセを付けていく必要があります。なお、くれぐれも言っておきますが、私は現時点で何が(取るべき)60に入り、何が(取られてしまうかもしれない)40に入るのかということについてはっきりとしたイメージを持っているわけではありません。それも含めて、走りながら考えることで足りるというふうに思っています。